高知工科大学 2024
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KEYWORDCutting Edge 0209システム工学群航空エンジン超音速流研究室荻野 要介 講師【専門分野】 航空宇宙工学、超音速・非平衡流の数値計算Kochi University of Technology目に見える変化がない均衡のとれた状態を「平衡」というのに対して、熱や物質の出入りが続いたことで流れが生じるなど、マクロな動きのある状態のことを言う。多彩なダイナミクスがある分、考慮する要素が増えるため、理論構造は平衡状態に比べてはるかに複雑になる。 宇宙空間に打ち上げられた小惑星探査機やロケットがカプセルの状態で地球に戻ってくる際、宇宙空間から地球へ降下するカプセルは、秒速10km以上の超高速で大気圏に突入する。この時、カプセル前方の空気は強く圧縮され超高温の空気プラズマとなり、カプセルの周りは1万℃を超える過酷な環境になる。「この高温状態からいかにカプセルを守るかが、宇宙ミッションにおいて厳しい技術的ハードルのひとつとなっています」と語る荻野講師。現在はカプセルが溶解しないよう、カプセルの前面には過剰な熱防護材が装備されているが、このことは打ち上げ時の重量増加の要因となっている。高重量な熱防護材を軽減するには、カプセルのどの部分にどれだけの負荷がかかっているのか、つまり「カプセルの加熱率の高信頼な解析手法」の確立が求められる。そのミッションに流体力学、プラズマ工学などを活用した「非平衡モデル」を用いて臨むのが荻野講師の研究テーマだ。 基礎的な熱力学や流体力学などの各学問は、空気中の窒素分子や酸素分子が釣り合いのとれた「平衡」という状態を前提として体系化されているが、非常に高温で密度が低い状況が生まれる大気圏突入時には、複数の物理過程が同時に起こり「非平衡」な状態になり、一般的な物理の計算ではなく、非平衡モデルが必要となってくる。これまでの非平衡モデルは、原子や分子の運動状態の分布を平均化することで数値を算出していたが、解析精度向上の余地がある。「この平均化されてきた物理現象を直接計算によって解き明かし、従来の世界基準モデルの不確かさを打ち破りたいと考えました」と荻野講師。数多ある分子をひとつずつ追跡し、化学反応や輻射、光の放出・吸収といった複数の要素を直接解析することで、実現象により即した解析手法の構築をめざしている。こうしたアプローチは、コンピュータの計算速度の飛躍的な向上によって可能となったが、実際には計算プログラムのパラメータを決めきれないものが多く、結果が出るまでに約80年かかるということも…。そこで荻野講師が試みようとしているのが、「決めきれないパラメータ」を実験で計測した結果によって動的に補正する方法だ。不確実なパラメータの数値を検証するために、宇宙航空研究開発機構(JAXA)にある、実際の飛行環境を再現可能なアーク加熱風洞などを用いて、超高速気流の風洞試験を行い、実験計測と計算結果の精度を相互補完的に確保し、大気圏突入時のカプセル周りの流れを正確に予測できる解析手法の確立をめざしている。 カプセルの加熱率を正確に解析することで、設計時に耐熱用の素材を必要な箇所にだけ効率よく用いることができ、高重量な防護材を適切に削減できる。その結果、搭載する実験機材や人員を増やすことができ、打ち上げコストの軽減にもつながるのだ。清浄機なども非平衡の理論がもととなっており、その他プラズマ生成は様々な分野で応用されています。新たな非平衡モデルを確立することでプラズマの流体運動をより正確に解くことができるので、プラズマが利用されている多くの先進的な応用技術にも適用可能となるわけです」 また超高速気流の研究の一環として、極超音速の旅客機の研究にも取り組む。マッハ6で飛行し、日本とアメリカの西海岸の太平洋横断を2時間半で結ぶというもので、アメリカやオーストラリア、イギリスなどとの連携による国際的なプロジェクトとして研究が進められている。すでに無人飛行による実証実験も行われており、乱気流に入った際の揺れが一般的な飛行機よりも大きくなるので、「乱気流中でも安定的な飛行を保つ技術の確立」が実用化に向けてのポイントになるという。 非平衡状態にある現象を明らかにする同分野の研究は、次代の航空宇宙開発はもとより、物理過程と工学応用を結びつける広範な分野を進展させる大きな■を握っている。非平衡状態様々な分野での工学応用が期待される非平衡流の理論 大気圏突入に限らず、私たちの身近なところでも様々な局面で非平衡現象が見られる。プラズマもそのひとつだ。気体に熱や電気エネルギーを加えると気体の分子が解離して原子になり、さらに温度が上昇すると原子核のまわりを回っていた電子が原子から離れ、中性分子とプラスイオン、マイナスイオンが混在した非常に活性化した状態=プラズマとなる。「例えば、プラスイオンとマイナスイオンを発生させる空気次世代の宇宙開発を担う、超高速流の高信頼な解析手法の確立へ大気圏突入用のカプセルは過酷な加熱で燃え尽きる⁉

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