TechTech~テクテク~No.27
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者の役割です。単に現象を確認しただけで構造がわからなければ、具体的な活用は難しい。光によるドミノ効果が、どのようなメカニズムで起こっているかを明らかにできれば、それは新たな物質をデザインするのにも役に立つわけです」 そこで腰原教授らは、レーザー光線と粒子加速器を使った“撮影装置”を独自に開発した。少し専門的になるが、粒子加速器で電子を光速に近くなるまで加速。そこから放射されるX線を、レーザー光で相転移を起こした物質にあて、ピコ秒単位で連続撮影するというのが、その仕組みだ。 「ピコ秒とは1兆分の1秒のこと。光でもわずか0.3mmしか進みませんが、分子や原子の動きを探るには、やはりこうしたレベルの実験が必要です。誰もやったことがない実験ですから、装置から自分たちでつくることになりますね」と腰原教授は笑顔を見せる。 実はこの装置では、ある生命現象の解明にも成功している。それは、筋肉の中にあるミオグロビンというたんぱく質の働きだ。もともとミオグロビンが酸素や一酸化炭素を貯蔵し、筋肉に供給しているとは考えられていた。しかし、詳細に観察してもその通路が見つからない。一酸化炭素などが、“密室”ともいえるミオグロビンの中をどう移動しているのかが謎だったのだ。 それならば、とミオグロビンにレーザー光を照射し連続撮影してみると─。一酸化炭素を貯めている穴が次々に変形し、互いにつながり通り道をつくる様子がはっきりと見て取れた。レーザー光の刺激がきっかけとなり、たんぱく質を構成する分子がドミノ倒しを起こしたのだ。一酸化炭素がミオグロビン内を移動する様子をとらえたのは、世界初の快挙だった。 「ひたすら『新しいものを覗きたい』と興味の赴くままに基礎研究に邁進してきました」と言う腰原教授だが、まさに前人未踏、一貫して道なき道を行くエネルギーは、どこから生まれるのだろうか。 「目から鱗が落ちる、という表現がありますが、そうした経験が私の原動力。これを一度経験するとやめられないんです(笑)。光誘起相転移を初めて目の当たりにしたときもそうでしたが、その前と後では、ものの見方ががらりと変わる。その感動や驚きが次への研究に向かう力になっています。またもちろん、自分だけでなく、周囲の人たちのあっと驚く顔を見るのも大きな励み。基礎研究の大事な役割は、新しいものの見方や視点を提示することだと思っていますから、それを実現できたときは心から嬉しいですね」 そんな腰原教授の目下の研究のターゲットは、光誘起相転移における電子の動きを解明することだ。分子、原子レベルの動きがある程度見られるようになった今、次なる対象は、それよりもずっと小さく軽い電子へと移行している。 「これを1兆分の1秒、10兆分の1秒の単位で確認することができれば、それこそまた、大きな鱗が目から落ちることになるでしょう。実際、ドイツではこれを国家的なプロジェクトとして取り組んでいますし、すでに世界中の研究者が様々な方法を試しています。容易なことではありませんが、『新しいものを覗きたい』の精神のもと、なんとか私たちの手でいち早く成し遂げられればと思います」 学生に対しても、“何より発見する喜びを大切に”と説く腰原教授。研究室のメンバーと一丸となった挑戦は、まだまだ続きそうだ。新たなものの見方や視点を提示する大学院理工学研究科物質科学専攻Shinya Koshihara腰原 伸也 教授1985年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。1986年、東京大学理学部助手。1991年、博士(理学)取得(東京大学)。理化学研究所フォトダイナミクス研究所研究員などを経て、1993年に東京工業大学助教授。2000年より現職。セラミックスを対象に、相転移の実験を重ねています。身近な光で、物質の新しい可能性を引き出せるのが研究の魅力。与えられた課題を解くだけでなく、自身で実験の方針や目標を考えることで、社会に出ても役立つ力が身についていると感じます。大学院理工学研究科 物質科学専攻 修士1年成瀬 卓(なるせ・すぐる)光誘起相転移の可能性を探っている試料のひとつ2015 Spring9

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