東北大学広報誌 まなびの杜 No.82
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04|まなびの杜 82号ましたが、抹茶や山吹は二十一%、エンジは十九%でした。使用者の割合が低いにも関わらず共通の色カテゴリーに当たると分析された理由は、その色票群に対して参加者が用いた色名が多様だったことが原因と思われます。 水色に当たる明るい青の色カテゴリーは、三〇年前の日本語の色カテゴリーに関する研究では、誰もが同じ色カテゴリーを連想できる「基本色カテゴリー」に相当しないと結論されました。ある参加者が「水色」と呼んだ色票群の平均七十七%が別の参加者に「青」と呼ばれたことが主な理由でした。このように異なる色名が一つの色サンプルに重複した比率(重複率)について、我々のデータで同様の解析を行ったところ、五十九%にまで低下していました。この値は三〇年前の研究での赤とピンクの重複率(六〇%)とほぼ同じ水準です。従って、語彙の使用頻度も一〇〇%に近く、重複率も三〇年前に分離が認められていた色カテゴリー(赤とピンク)と同様の数値まで下がったことから、現代の日本語では水色は青から独立した基本色名と見なして良いと我々は考えました【図3】。明るい青(水色)と濃い青を区別する文化は、ロシア語など他の言語にも見られます。色カテゴリーの分離 このような色カテゴリーの分離は、どうして起こったのでしょうか? その理由を考えるために、日本語の「青」と「緑」の使い方を振り返ってみます。日本語では、新緑、信号機、銅の錆(緑青)など見かけは緑色の物を「青い」と呼ぶ習慣があります。これは、日本語の古語が「赤、青、白、黒」の四色名だったため、古語の青が赤系ではない色(すなわち緑も)を全て含んでいた名残りと考えられます。万葉集以降の和歌における色名の用法を調べると、青と緑が区別され始めたのは十二世紀の末期と思われます。英語でも、青と緑を混同する語 ”hæwan” が十三世紀頃まで存在し、後に青と緑に分離したことが知られています。 十一の基本色名に対する色カテゴリーも、言語による多少の差異はあれ、ほぼ同じ分割になっています。色カテゴリーの分割が世界的に共通して、しかも離れた場所で独立して起こるのは、何か人類に共通する神経メカニズムが存在することを示していると考えられます。言語を話す前の赤ちゃん(五〜七ヶ月)の脳活動を調べた研究では、既に青と緑を異なる色カテゴリーと識別していると判明しました。また、サルの脳内の神経細胞の研究でも、青と緑をカテゴリー的に区別する細胞群の存在が報告されています。つまり、元々一つだった色カテゴリーが分割したのではなく、頭の中で既に区別されていた色カテゴリーの分割に、言葉の方が近づいた、と見るべきでしょう。 一方、言葉は他者と共通の概念を指すものでなければ通じません。結果として、他者との意思疎通で日常的に使える日本語話者の色カテゴリーの数は十九(k-平均法の最適数)ですが、色名の数は十三(十一基本色+水、肌)になると思われます。この色カテゴリーの形成の背後にある神経メカニズムについては、現在もさらなる研究が行われています。栗木 一郎(くりき いちろう)1967年生まれ現職/東北大学 電気通信研究所 准教授専門/視覚科学関連ホームページ/www.vision.riec.tohoku.ac.jp/ikuriki/index-j.html図2)無彩色を除く16の色カテゴリー枠の中は図1の有彩色部分の配置を示し、枠の色がカテゴリーの種類を示す。各カテゴリーで最も多く使われた色名を代表として示している。図3)色名の重複率を表した図各棒グラフは、1万回ランダムサンプリングから抽出された2色名の重複率。青と水の中央値は59%で、30年前の研究における赤とピンクの重複率とほぼ同じ。30年前の研究での青と水の重複率は80%近い。緑と青の重複率は約20%と低い。

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