宇都宮大学広報誌 UUnow 第43号
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高校時代の関心が現代物理学、航空宇宙力学、野生動物と人間の関わり。いずれも「我々人類は何なのか」という哲学的な問いでは根本は一緒だと思います。物理法則から人間の存在、宇宙の存在について考え、野生動物をどうマネージメントするのかとなった場合、「人間はどうしたらいいのか、一体何なのか」と、そこに戻るからです。そのまま東京農工大に入学してからの研究姿勢は野生鳥獣に向けて動いていました。サークルで国立公園の清掃活動などをアルバイトを兼ねて志賀高原や尾瀬で行っていました。また休みには北海道をバックパックで歩きましたね。学部では、研究室の4年生や院生の研究調査の手伝いとして呼ばれるために、調査のためのスキルを身につけました。まず体力。それと劣悪な環境でも平気でいられること。例えば、御蔵島で集落の廃屋をお借りしてオオミズナギドリの調査の手伝いに参加しましたが、当然お風呂はない、水は沢の水を汲むか塩ビパイプでつないで水が出るようにする。自分で食事を作りながら調査をしますが、トンネルを掘る海鳥で、巣の奥にいる雛を這いつくばって泥だらけになりながら引っ張り出して体長計測を13●UUnow第43号 2017.7.20地が大規模に消失し、生息数が著しく減少しました。これは、工業化による人口の急増と、薪炭生産や焼き畑など強度の山林利用による森林の荒廃が原因と考えられています。そして、その状況は昭和30年代まで続き、ほぼ1世紀の間、野生動物は保護の対象でした。しかし、昭和37年の原油の輸入自由化によって、国内での燃料革命が進み、状況は一変しました。木炭需要が激減して薪炭林が放棄され、植生が回復し始めたのです。さらに、昭和40年代にかけて日本は高度経済成長しましたが、この間、地方では過疎が進み、人間の活動領域が野生動物に明け渡され始めました。また、機械化などによって、農業の生産性は飛躍的に向上しました。特に水稲は、昭和45年に自給率が100%に達し、減反政策が開始されました。そして、水田は耕作放棄地となり、好適生息地として野生動物に提供されたのです。その結果、野生動物の生息域が急速に回復し、農林業被害や人身事故などヒトとの軋轢が激化しました。■最近の研究野生動物との軋轢激化に対し、日本政府は「平成35年度までにイノシシとシカの生息数を半減させる」という目標を掲げ、対策を進めています。当センターの鳥獣管理部門では、捕獲従事者および捕獲個体の増加に伴うリスク評価に関する研究に取り組んでいます。これまでの野生動物捕獲事業では、人獣共通感染症のリスクや、捕獲作業における心理的負担についての評価が行われてきませんでしたので、その実態把握を現在進めています。また、捕獲個体の食肉利用が推進されていますが、野生動物における異常プリオンの感染状況についても研究を行っています。そのほか、人間領域である河川やレクリエーション施設に出没するイノシシの対策に関する研究や、イノシシの繁殖や食性など生態学的な基礎研究も実施しています。今後、人口減少の時代へと突き進むとされる日本では、野生動物とヒトとの軋轢の更なる激化が予想され、野生動物管理学は社会的にも重要な学問となることは間違いないでしょう。着実に研究を積み上げつつ、様々な課題に対応出来る人材を育成することが喫緊の課題です。気が付けば人生の半分イノシシに…… 小寺祐二准教授するなど。お風呂は入れないから着替えだけして泥のまま過ごし、雨が降るとこすったりして泥を落とすなど。手伝いの学生で1〜2週間、先輩は1カ月くらい滞在しますが、こういう環境に耐えられる精神ですね。尾瀬に合宿に行ったときも環境に負荷のかからないキャンプをしようと、2週間くらいお風呂に入らずゴミを捨てずにキャンプをしました。基本は水道、電気がなくて当たり前の環境に慣れることです。しかし私の学生時代より今はもう少し贅沢になっていますよ。イノシシの研究は4年生の卒論からしていますが、気が付けば人生の半分イノシシに関わっています。修士に進んでからは殺されたイノシシの胃の内容物調査とか繁殖の調査、同時に当時まだ日本では誰もやっていなかったのですが、イノシシを生け捕りにして発信機をつけて追跡調査をしました。修士修了後、2年間は建設コンサルタント会社に勤務して、ダムや河川工事をするために野生動物を研究調査していました。ちょうど一緒に研究をしていた大学の先生が大学に戻ってこないかと声をかけてくれて博士課程へ進みました。その頃はほとんど島根県で調査をしていて県の研究センターへ所属し、後に長崎県の鳥獣対策専門員ですから、ずっと仕事が山。おかげで趣味では山に行かなくなりましたね。学生たちは失敗を恐れないで欲しい。大学時代くらいしか失敗が許される期間はないので、その期間に失敗を恐れたら社会に出て失敗できない。たくさん失敗していれば視野が広がって、いろいろな考え方や視点から、いろいろな人のことを思いやることができるようになるんじゃないかな。(「わたしの学生時代」取材・文/アートセンターサカモト・栃木文化社ビオス編集室)尾瀬にて。大学1年生の頃大学の古い看板のある同研究センターにて。藁で製作したイノシシをかかえて(2017/5/26撮影)イノシシの捕獲研修会の様子

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