卒業生・教職員からの寄稿3.寄稿 ー母校へのまなざしー川下 政美 日本特殊陶業株式会社 元最高顧問(外国語学部スペイン学科 卒業生) 2020年秋、母校からの周年記念行事に関わる執筆依頼を受け、先ずは原点回帰を決め、昔の通学路を往復で辿った。自宅より53年前と同様に徒歩、バスを乗り継ぎ高田町の母校校舎に着き(現在は名古屋経済大学高蔵高等学校)、校内散策を終えて帰路に就く時、そこには白昼下にも拘わらず、エモーショナルな初老の自分が居た。(過激な学生運動の正門バリケード、和風室・和風館での徹夜の語らい、サッカー部の合宿、講堂での各種エベント、数々の友の顔・・・・走馬灯の如く飛び交うフラッシュ画像に一瞬立ち竦み、感極まりそうな自分と戦っていた。) 自分の一生を決めてくれた愛知県立大学、感謝しても感謝し切れぬ我母校。 1968年春、名古屋に家庭の事情で地元の国公立大学限定での受験がやっと許された青年が居た。一方、その若者は世界を駆け巡り、3ヶ国語をマスターしたいと言う秘めたる熱情を抱いて居り、目の前の厳しい現実に煩悶する日々を過ごして居た。想いは通ずる!!1968年春雷を伴い、運命を決める1回目の奇跡!! 何とこの年に愛知県立大学に「外国語学部スペイン学科」が創設されたので有る。 彼は入学と同時に英語に続く2番目の外国語と即座に接する事が出来る喜びに浸り、同時合格した他の国立大学は眼中から消え去った。入学後は開設初年度の熱気溢れる諸先生方や工夫を凝らしたカリキュラムの下、団塊の世代のあの厳しい受験戦争に倍する勉学に勤しむ事が出来た。母校教育の素晴らしさは、当時極めて希少価値だった日本政府支援の日墨交換留学生一期生にこの若者を含む、5名の合格者を出した事で全てが証明されて居る。彼は学業以外にも多くの素晴らしいサッカー部の諸先輩や同僚達に恵まれ、文字通り、愛知県立大学の学生生活を満喫、謳歌したので有った。 恩師群から肉親以上の数々の助言を受けた後、スタートを切った社会人生活は若者には過酷かつ実に厳しく、文字通り一気呵成の一言。家族同伴を含め、海外生活は通算20年強、歴訪国約50ヶ国、インドネシア語の修得・・・・と瞬く間の月日の経過となり、白髪が増え、気が付けば代表取締役の肩書が付いていた。 同時に自分の中で騒めく「内なる声」に苦しみ、悩み出したのも正しくこの頃で有った。 内なる声は常に自分に問い続けていた・・・・母校への感謝と恩返しや如何に?? スペイン学科同窓会が立ち上がった時、会長職を3期6年務めた事で自己満足していないか??・・・・自然の摂理とは言え、父や兄貴の様だった恩師達の相次ぐ旅立ちや、スペイン学科一期生の同級生達の余りに早い悲報に接する都度、焦りに近い気持ちに苛まれる事が増えた。想いは通ずる!!2010年秋風に乗り、天命とも思われる2回目の奇跡!! 母校の愛知県立大学から「中部の企業トップに聞く」なる講座開設に伴う、講師の依頼が教授として母校に残った盟友より持ち込まれた。願っても無い機会と絶好のタイミングで有り、持ち得る経験則を駆使し、熟慮を重ね、精魂傾け練り上げた「社会生活参入の心得」を演題に若き後輩学生諸君への授業を行った。以後3年間合計数300枚程の講義レポートは生涯の宝物の一つになって居る。 そしてこの講座が不思議な一期一会の縁となり、母校との関わり合いが一層深まり、2013年に愛知県立大学と愛知県立芸術大学の2校を統括管理する「愛知県公立大学法人」の経営審議会委員に就任した。以後6年間、学長選考委員会委員、大学教学改革人材育成諮問会議委員他、深く母校の改革と発展に関与する事となった。 高田町時代、体育の授業で専用バスに揺られて訪問する事しか無かった長久手キャンパスの広大さ、変貌振り、その威容さに当初は圧倒されつつも、我母校に遂に微力乍ら恩返しと御礼が叶う事に喜びを噛み締めた6年間でも有った。この間、未来志向に立脚しコラボが叶った優秀な教職員の方々や2名の経営審議委員の方には改めて心からの御礼を申し上げたい。この職を辞した日、彼の地より見守って下さって居た方々に黙祷を捧げ、長き個人的想いに終止符を打ち、更なる3つの奇跡との遭遇エピソードを加えて完結報告とさせて頂く旨お伝えを申し上げた。 一方、この誌面を借り、昨今の世相と世の中の風潮を背景に同窓の後輩諸氏に贈りたい言葉が有る。それは「たいりょく」と「かきくけこ」で有る。今後、時に応じ何等かの一助に成り得る瞬間が有れば、一先輩として望外の喜びで有る。 苦しい日々を過ごす毎日の源泉たる「体力」には十分留意し、自己研鑽を怠らず「対力」を養い、「態力」を磨き上げ、不動の「耐力」を熟成させ、「待力」を育み、来るべき好機到来の折には一気に「大力」を発揮願いたい。 更には社会生活の円滑さを計るべく、先ずはかきくけこの原点を大事にして欲しい。「か」=会話はコミュニケーションの玄関口 「き」=聞く耳を持て、人の話は聞け 「く」=苦労せよ、苦悩せよ、苦悶せよ、 そうすれば必ず工夫が生まれる 「け」=謙虚たれ謙譲たれ 「こ」=心に響く言霊を磨け 自身は未だ公職を持つ身では有るが、4つの趣味たる家庭菜園、社交ダンス、ゴルフ、座禅道場を継続しつつ、地域社会への奉仕を怠らず、老母に寄り添い、孫と戯れ、はしゃぐ自分も大切にして行きたい・・・・と考える昨今では有る。 愛知県立大学移転20年、大学統合10年、本当におめでとうございます。貴校の益々のご発展を祈念致します。 そして、有り難う!! 我母校愛知県立大学!! 11我母校と心象風景
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