群馬大学広報誌 GU’DAY(グッデイ) 2020 Autumn
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0304 今でこそ水木しげるさんの妖怪や数年前にブームとなった「妖怪ウォッチ」などの「キャラクター」としての妖怪が広がっていますが、本来、「妖怪」とは不思議なこと全般を意味する用語でした。民俗学では、身の回りで起こる不思議な現象(妖怪現象)に名前をつけることで「妖怪存在」として認識されるという構造が指摘されています。例えば、ある川の近くを通ると小豆を洗うような音が聞こえる。これだけだと不思議な現象で終わってしまいますが、ここに「小豆洗い」という名前をつけることで妖怪存在として認識されるわけです。 多くの妖怪は特定の作者によってつくられたというよりも、あるコミュニティの共同編集の過程を経て生みだされてきたと言えます。ここで一つの事例として群馬県の富岡にある「竜骨碑」を取り上げてみましょう。 この周辺で江戸時代に不思議な物体が発掘されました。当時の人々はこれを「竜骨」として祀り、雨ごいの祭礼なども行なわれていたようです。近代に入って科学的な調査が進むと、竜の正体はオオツノシカであることが判明しました。今日では科学的なものの見方が主流になっていますが、それ以前には物語的な想像力が世界を解釈する重要な方法として機能していました。 妖怪もまた、人々が周囲の環境を観察し、そこから想像力を拡げ、それらを言語化することで生まれてきたわけです。ここに妖怪文化のもつ本質的な創造性を見出したことが私の研究の出発点になっています。不思議な現象の名づけとしての妖怪研究紹介 現代では妖怪の種になる不思議に遭遇する機会は少なくなっています。忙しすぎて気付いていないだけかもしれません。そこで、私は10年程前から「妖怪採集」というワークショップに取り組んできました。この活動では、まちを歩きながら妖怪がいそうな場所を探し出し、そこにいるであろう妖怪を参加者と一緒に考えていきます。言うなれば、小さな不思議から物語を想像する妖怪創造のプロセスを追体験するワークショップですね。これまでに東京都の隅田川沿いや徳島の山奥など様々な場所で行ってきました。 実施する環境が異なれば、生みだされる妖怪も違ってきます。「妖怪」というフィルターを通して地域を眺めることで、今まで気付いていなかったことにも気付くことができます。もちろん、視覚だけに頼るのではなく、耳を澄まして音を聞いたり、気温の変化を体感したり、不思議のネタは意外と身近な場所に溢れています。ワークショップの成果は「妖怪採集帖」に記入してデータベースに入力していきます。 それぞれの時代に様々な場所に住んだ人々がつくりあげてきた妖怪という仕組みを用いて、今ここに暮らすわれわれがどのような妖怪をつくることができるのか。100年単位の実験ですね。そんな実践と研究を行き来する日々を送っています。 われわれは、日々暮らしていく中で、様々なものを見て、聞いて、感じて、考えて、生きています。ややもすると文化の消費者になってしまいがちな現代だからこそ、「芸術」とは何か「創造」とは何を意味しているのか、という問いに広い視野で向きってみることも必要なのかもしれません。妖怪採集22| GU'DAY Issue 08

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