神戸大学広報誌『風』 Vol.18
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■Contents[特集1] 創立100周年神戸大学大学院工学研究科・工学部[特集2 神大研究ズームアップ] 「不思議」の研究から現代を読み解く[神大生の挑戦] サッカー部 164名からの応援の気持ち[キラリ神大 OG・OB] WE HAVE WINGS 〜神戸大学から世界へ〜[神大×LOCAL] 「ワールドマスターズゲームズ 関西」のレガシー創造[新型コロナと神戸大学]コロナ禍と向き合う学生たち[神大人の本]神戸大学教職員の手による著書・翻訳書などを紹介[神戸大学基金だより] ╱[アラムナイ][Mini News]  第一次世界大戦に伴う日本の産業発展と好景気を背景として、1921(大正10)年12月に官立神戸高等工業学校(神戸高工)が設置された。これが神戸大学工学部の100年にわたる歴史の始まりである。当初は建築科、電気科、機械科の全3学科、後に土木科、精密機械科、化学工業科が逐次増設され全6学科となる。 初代校長の廣田精一は、「規律・持続・執着(後に執守)」の三徳を教育理念とし、日本人の放漫な国民性が国際社会の信用を失い日本の発展を妨げる短所であるとして、生徒には服装の乱れを決して許さず、靴を清浄に保つこと、実験室の配線やコード類の整理整頓を徹底させ、“粗製濫造を防ぐには、工場の清潔が第一である”との堅実な心構えを教え諭した。さらに、机上の学理だけでなく実地を重視し、機械科汽罐室(ボイラー室)の煙突には「神戸高等工業学校」の8文字を1字1㎡で書き、遠方から正確に物の大きさを把握するための実習に活用した。また、最新の工業技術を広く一般市民に紹介する「開校記念展覧会」を1924(大正13)年から毎年校内で開催し、最新技術を目の当たりにした人々は未来への夢と希望に胸を膨らませ神戸高工のレベルの高さに賞賛の声をあげた。日本に輸入された最初の電気自動車を最初に試運転したことで知られる廣田校長の下で、機械科と電気科の合同により電気自動車(最高時速36マイル(約58㎞))が製作され、1926(大正15)年の大阪電気大博覧会や1928(昭和3)年東京の産業教育展覧会に出品された。第2代校長古宇田實も「規律・持続・執守」の三徳を大切に継承するとともに、1932(昭和7)年に最新技術の成果を展示する「工業科学博物館」を設置して一般公開も定期的に行った。1944(昭和19)年に官立神戸工業専門学校(神戸工専)と改称されたが、翌年3月の神戸大空襲で校舎の大半が焼失してしまう。 1949(昭和24)年、神戸工専を母体として国立神戸大学工学部が発足した。当初の工学部は西代学舎と松野学舎の2ヵ所に分かれ、非効率で一体感に欠けるという問題があった。しかも敷地が狭く、戦災で実験室や機器類が不足し、神戸高工以来の西代学舎は本学所有だが松野学舎は神戸市からの借用であり、こうした課題の多い状況下で広大な新天地への学舎移転が早くから望まれていた。工学部の誘致に名乗りをあげたのひろたせいいちこうだみのるにしだいが尼崎市である。工学部は前向きに検討を進め1953(昭和28)年に尼崎移転計画がはじまるが、神戸市が猛反対し、また古林喜楽学長が大学本部のある六甲台への学舎統合を企図し、さらに尼崎市の財政悪化が加わって混迷を極め、翌年、文部省及び大学設置審議会が尼崎市への移転を不適当と判断したため、結局、六甲台への移転が実現に向かう。1961(昭和36)年に西代学舎が六甲台に移転、翌年松野学舎も移転し、工学部の六甲台移転が完了する。戦後のめざましい科学技術革新に伴い、学科・講座の増設、学生定員の増募、内容充実、大学院設置に力が注がれた。当初の工学部は建築学科、電気工学科、機械工学科、土木工学科、工業化学科の全5学科(入学定員140名)でスタート、1958(昭和33)年に最初の学科増として国立大学初の計測工学科が設置されたことを皮切りに、化学工学科、生産機械工学科、電子工学科、システム工学科、環境計画学科が逐次設置され全11学科となるが、新たな時代に対応するため1992(平成4)年に11学科を5学科(建設学科、電気電子工学科、機械工学科、応用化学科、情報知能工学科)に大幅改組し、2007(平成19)年に建設学科を建築学科と市民工学科に改組、現在は全6学科[入学定員585名(3年次編入学20名を含む)]である。 大学院設置には多大な困難が伴った。1955(昭和30)年に大学院設置の足掛かりとして工学専攻科が設置され、1964(昭和39)年に大学院工学研究科(修士課程)が設置されたが、博士課程設置という最大の課題が残された。紆余曲折を経て1981(昭和56)年に理・工・農学部等を母体とする独立研究科として大学院自然科学研究科(博士課程)が設置され、長年の念願であった博士課程設置が複数学部の連携により実現する。なお、法人化後の2007(平成19)年に自然科学研究科を解体して大学院工学研究科(博士課程)が設置され、2010(平成22)年には次世代スーパーコンピュータ「京」の活用を視野に入れて工学研究科情報知能学専攻を独立させ大学院システム情報学研究科が新設された。現在工学部は学内最大組織であり、世界最先端の教育研究に日々挑み続けている。              (大学文書史料室 室長補佐 野邑理栄子)こばやし よしもと廣田精一 初代校長 1926(大正15)年頃六甲台移転後の工学部 1970(昭和45)年頃表紙写真:六甲台第2キャンパス 工学研究科・工学部 D1,D2棟 神戸市灘区六甲台町1-1神戸高等工業学校の本館 1925(大正14)年頃030812141618202223「神大」ヒストリー神戸大学工学部historyof Kobe University

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