神戸大学 理学部・大学院理学研究科 2021
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研究の特色 化学科と化学専攻は、物理化学・有機化学・無機化学の三つの講座と構造解析化学・理論生物化学の二つの連携講座で構成されています。物理化学講座は分子の構造やダイナミクス、光エネルギー変換、固体表面の研究、有機化学講座は有機化合物の開発と合成および生命化学の研究、無機化学講座は溶液や固体がしめす物性の分子論的理解をめざした研究を展開しています。構造解析化学講座はSPring-8を利用した種々の結晶や生体分子、またはその集合体の構造解析、理論生物化学講座は京コンピュータを利用した理論分子科学に基づくプログラム開発を進め、生命現象や太陽電池のしくみを原子レベルで解明しています。講座や学科をまたぐ研究協力を活発に進めていることも大きな特徴です。化学の特色である原子や分子の基本的な性質にとことんこだわるという化学の特色を活かしながら、化学以外の幅広い学問領域や技術分野の研究者と協力関係を築くことによって、他の研究機関がまねのできないような独創的な研究成果を数多く発信しています。このように、私たちは研究能力に秀でた少数精鋭集団として国内的にも国際的にも高い評価をうけています。「レーザー光で分子を探る」 私たちの身の回りの物質は様々な分子から構成されています。個々の分子の形や変化はどのように知ることができるのでしょうか?分子はとても小さく、ものすごく速く運動しているため、観測することは困難です。分子を探る有力な方法の一つに、光を道具として分子を観測する分子分光学があります。分子に光を当てると光の吸収・散乱・放出など様々な現象が起こります。これらの観測可能な現象は光と物質(分子)との相互作用によって生じ、具体的にはスペクトルとして観測することができます。スペクトルという言葉はニュートンが太陽光線をプリズムで観測したときに初めて用いましたが、その時は可視光線を音階になぞらえて7色に分解しました。色の違いは分子が受け取るエネルギーの違いでもあります。分子はそのエネルギーを、電子のエネルギー・各原子の振動エネルギー・分子全体の回転エネルギー・分子全体の並進エネルギーとして持っており、それぞれの分子はそれぞれ固有のエネルギー状態にあります。そのため、分子のスペクトルは種類や状態によって固有のものであり、スペクトルから分子の情報を得ることができます。 私たちのグループでは、極めて単色性の良いレーザー光を利用して分子のスペクトルの精密観測を行っています。可視光線を7色ではなく数億色に分解してそのうちの1色だけを選んで分子に照射することが可能です。こうした非常に分解能の高いスペクトル観測を通して光励起した分子の状態を特定して、電子状態・振動・回転の様子から分子構造を決定するとともに、スペクトルの変化から光励起によって不安定になった分子が反応する様子が観測できれば、化学反応についての情報も得られます。 図に実験装置の一例を示しますが、これは環境問題にもよく取り上げられる窒素酸化物であるNO3ラジカルの超高分解スペクトル計測装置とスペクトルの一部です。真空中に噴出させたNO2とNO3の混合した分子の流れにレーザー光を照射してNO3ラジカルの励起状態のみを選択的に観測した結果、幾つもの励起状態が混ざり合ってスペクトルが複雑化していることを見出し、反応性に関する重要な情報を得ることに成功しました。こうして化学反応のスタート地点である励起状態の精密計測による情報収集を行い、化学反応を理解して制御することを目指して、新たな装置の開発や観測に取り組んでいます。「タンパク質の働きの原理を化学的に理解する」 タンパク質はアミノ酸が直鎖状に連なった生体高分子であり、遺伝子としてDNAに書き込まれた情報に従って合成されます。合成されたタンパク質はそのアミノ酸配列に依存して、適切な場所へと移動し、立体構造をとり、働きます。ヒトを含めた全ての生命はもちろん、我々を苦しめるウイルスにおいても働いています。このようなタンパク質の働きというのは、化学反応に他なりません。そのため、タンパク質の立体構造を解き明かし、その化学反応を阻害できる薬剤や抗体を作り出そうという研究が精力的に行われています。ただし、タンパク質は周囲の環境に応答する形で構造や化学状態を変化させる動的な高分子であるため、我々が目にすることのできるタンパク質の立体構造というのは静的なものであり、化学反応を起こす過程にある化学状態や構造を捉えることは容易ではありません。しかし、タンパク質の「働き」である化学反応の本質を理解するためには、この化学反応の反応軸に沿って変化する化学状態や構造をできる限りリアルタイムで観察する必要があります。 このような化学状態変化や構造変化をリアルタイムで捉えるために、我々はマイクロ流路デバイスやレーザーを利用した時間分解顕微測定法を開発・活用し、タンパク質へ適用しています。分光法と組み合わせることで化学状態変化を、大型放射光施設(SPring-8やSACLA)と組み合わせることで立体構造変化を明らかにすることができます。図にはその一例を示していますが、紫外・可視吸収スペクトル変化から、膜タンパク質が基質を脂質二重膜の外から内へ輸送するタイミングを知ることができます。同じ過程を赤外吸収スペクトルで追跡すると膜タンパク質の別の場所で加水分解反応が起こっていることがわかり、加水分解反応が基質輸送の駆動力だと考えられます。このようにして、反応軸に沿ってタンパク質が起こす素反応を並べると、タンパク質が機械のように実現している化学反応がどのようなメカニズムで引き起こされているかを理解することができます。これらの知見は我々が生命現象を分子・原子レベルで理解することにつながりますし、新たな分子を創出する指針にもなり得ると期待して日々研究を進めています。研究トピックス笠原 俊二 准教授分子動力学教育研究分野木村 哲就 講師生命分子化学教育研究分野タンパク質の化学反応を理解するための手法と応用例研究装置と研究内容21

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