神戸大学 理学部・大学院理学研究科 2021
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光受容タンパク質の特性と、特性を利用した研究ツール作製 ヒトを含めた動物の眼には視細胞という外界の光をキャッチする細胞があり、視細胞ではオプシンというタンパク質が、光をキャッチする役割を担っています。オプシンは光を受容するためにレチナールというビタミンAの誘導体を結合しています。大学で使う生物学の教科書には、私たちの視細胞ではたらくオプシンは“11シス型”という曲がったかたちのレチナールを結合する、と書いてあります。ところが、この11シス型のレチナールはとても不安定な型なため、私たちの眼はこの型のレチナールを作り出すために多大なエネルギーを消費(浪費?)しています。私はこれまでの研究から、眼以外の光受容細胞や無脊椎動物の眼ではたらくオプシンは、安定な型(作り出すのにエネルギーが不要)の“トランス型”のレチナールも結合できることを見出してきました(図1)。これらのオプシンは11シス型の供給がなくても光受容できるため、私たちの視細胞ではたらくものより「省エネ」だと捉えることができます。また、私たちの視細胞ではたらくオプシンは、光でスイッチ「オン」しかできませんが、トランス型も結合できるオプシンは光でスイッチオンだけでなくオフもできるようになっています(図1)。 私の研究室では、いろいろなオプシンがどのようなメカニズムで異なる特性を持つようになっているのかを分子レベルで明らかにすることに取り組んでいます。さらに、明らかにしてきたオプシンの特性を利用して、特定の波長(色)の光刺激によって、細胞の機能を操作・制御できる研究ツールを作製していこうと考えています。このような研究を進めることで、いろいろな動物がどのような分子を用いて光情報を受容しているのかを理解するとともに、様々な生物機能を光でコントロールする研究技術の開発に繋げられると考えています。「シャジクモ藻類」の仲間を用いたさまざまな生物多様性研究 わたしの研究室では、淡水藻類の種レベルの分類から絶滅危惧種の保全までフィールドワークを基本とした研究を行っています。また、陸上植物の起源と進化を探るモデル系統群として最近特に注目されている「シャジクモ藻類」を用いて、ゲノム進化、多細胞体制の進化、有性生殖の進化などを探る研究も実施しています。最近のフィールドワークに基づく研究により、国指定天然記念物であり、国内では徳島県の1地点でのみ生育が確認されていた大型淡水藻類の希少種シラタマモ(Lamprothamnium succinctum)(図1)の産地を、国内から新たに5地点発見しました。また、本種における産地間での遺伝的な差異を、葉緑体DNA塩基配列による解析で明らかにしました。本種は環境省版レッドリストにおいて絶滅危惧I類に指定されていることから、本研究の成果は、本種の希少性や保全価値を再評価する際の重要な基礎資料になると考えられます。また、陸上植物の姉妹群であるホシミドロ藻綱に属するアオミドロ属において、ヘテロタリックの種(Spirogyra uviatilis; 別個体につくられた雌雄の配偶子間でのみ接合するタイプ)(図1)の存在を世界で初めて明らかにしました。 ゲノム進化の研究においては、国際共同研究により、陸上植物に近縁なシャジクモ藻類の中で最も複雑な体の構造を持つシャジクモ(Chara braunii)の概要ゲノムを解読し、他の藻類および陸上植物との比較により、シャジクモの系統と陸上植物の系統の分岐前後における遺伝子レベルの進化の一端を明らかにしました(図2)。シャジクモの概要ゲノムは、植物の陸上での生活に重要と考えられる多くの陸上植物的な特徴がシャジクモ藻類にあること、これにより、最古の陸上植物ができる以前にそういった陸上植物的な特徴が獲得されたことを明らかにしました。このシャジクモの概要ゲノムは、さらに多くの陸上植物に見られる遺伝子の進化的解析において参照されるとともに、シャジクモでの進化遺伝学的解析の基盤になると期待されます。研究の特色 私たちが研究の対象とする分野は、生物独自の特性である階層性を反映して、分子、細胞、個体、種、生物社会など多岐にわたります。DNAやRNAの遺伝情報やその発現の仕組みを研究する分野に始まって、細胞間や細胞内の信号(シグナル)の伝達や変換の仕組みを分子レベルで理解しようとする分野や、細胞の運動、発生など細胞レベルの研究を行っている分野、さらには生物の種や系統の進化、また動植物が織りなす生態系の成り立ちを対象にする分野などがあります。近年、分子レベルから見た生物学のめざましい発展によって各研究分野に共通の基盤が生まれつつあり、それぞれの分野の違いを越えた新しい融合的研究も生まれようとしています。研究トピックスDNAの塩基配列を自動的に読みとる装置細胞の中の遺伝子配列を読みとる塚本 寿夫 准教授情報機構教育研究分野坂山 英俊 准教授進化・系統教育研究分野図1. シス型のレチナールのみを結合して、光でオン反応のみ起こすヒト視細胞ではたらくオプシンと、トランス型も結合でき、光でオン・オフ反応を起こすオプシンの比較図2. ストレプト植物の体制と生活環の進化フィールドワーク中の坂山英俊准教授(左)と池谷仁里研究員(右)図1. シラタマモ(a~d)とアオミドロの仲間(e~g) .acdbefg27

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