神戸大学広報誌『風』 Vol.21
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8 神戸大学広報誌「風」Vol. 21■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 世界的な知名度を持つ「和牛」は人為的な選抜と交配を重ね、長い年月をかけて私たちの求める姿に改良されてきた。体重や肉に含まれる脂の量など1頭1頭のデータを分析し、明らかになった能力によって役割を与え、世代を重ねて形質をレベルアップさせる。しかし、和牛の持続可能性を考えるとき、「今のままでは行き詰まる」と、神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センターの大山憲二教授は危惧する。 和牛の生産では畜産団体などによって1頭ごとにさまざまなデータが取られる。大山教授はこの個体データから継承したい形質がどの程度遺伝的に支配されているのかを示す遺伝的パラメータを推定し、和牛、特に黒毛和種の改良に生かしてきた。団体を通して集積されている全国の親子関係を含むデータは300万件を超える。「病気に強い牛、少ない飼料で育つ牛も作ることは可能です」。 1989年、国際間の貿易自由化ルールを定めるGATT(関税・貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドで牛肉の輸入自由化が決まると、日本の畜産業界は和牛の高付加価値化・差別化に舵を切った。組織的な品種改良が強化され、データに基づき消費者の嗜好に合う牛、多くの肉が得られる体の大きな牛が作られた。和牛の「霜降り」の量は増え、重さも30年間で約100キログラム重くなった。こうした成果には神戸大学も大きく貢献した。 一方で集中的な交配を重ねた結果、和牛の多様性が失われてきた。人工授精で増やす和牛は、雄牛が少ない。雌牛60万頭に対し、交配される雄牛はわずか700頭。さらに供用の偏りを考慮すれば父親は20頭ほどが均等に使われている状況と同等で、血のつながりによる遺伝子の重複も考慮すれば5頭程度と試算される。血が濃くなれば、遺伝病のリスクが高まる。さらに問題なのが、遺伝子の多様性が失われて形質を変化させづらくなることだ。「今が完成形ならクローンを作ればいいかもしれない。しかし、人の嗜好は必ず変わります」。 2022年10月、大山教授が審査委員長を務めた全国和牛登録協会の品評会で、肉の外観の評価に加え、脂に含まれるオレイン酸を測る“質”の評価が実施された。オレイン酸を多く含む牛肉はとろけるような食感を持つ。この試みには和牛の付加価値を高めるとともに、霜降りに進みすぎた改良に歯止めを掛けようという思惑もあった。評価基準が変われば、求められる遺伝子も変わってくる。「今なら間に合います」と大山教授は力を込める。将来に選択肢を残すためには食肉・畜産業界と畜産農家の意識改革、何より生物としての和牛が持続可能な中で「おいしい牛肉」を求める消費者自身の節度が欠かせない。大山 憲二 [ OYAMA Kenji ]大学院農学研究科附属食資源教育研究センター 教授1997年、神戸大学大学院自然科学研究科博士課程生命機能科学専攻修了。2011年より神戸大学教授。専門は家畜育種学。羊に興味をもち畜産を専攻したが縁あって牛をテーマに。経済の中で失われる多様性持続可能な品種改良統計データで遺伝をコントロール

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