9■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 生き物は長い時間をかけてDNAの塩基配列、つまり生命の設計図が変わることによって進化してきた。人為的により良いものを生み出すため交配による品種改良が行われているが、莫大な時間がかかる。これに対し、進化プロセスを大幅に加速できるのが「ゲノム編集」だ。ゲノム編集の新たな技術を開発した神戸大学先端バイオ工学研究センターの西田敬二教授は「農水産物の進化を劇的に速め、豊かな食にも貢献できます」と、そのポテンシャルを語る。 西田教授が2016年に発表した新たなゲノム編集技術「Target-AID」はDNAを切ることなく特定の塩基配列を書き換えることができる。 2012年に開発され、ノーベル化学賞を受賞した画期的なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」が研究の契機となった。世界の多くの研究者はCRISPRを活用することを考えたが、西田教授は違っていた。「CRISPRの先に行くために何をすべきか」を考えた。新しいものを生み出すには「他の人がやらないという前提が必要」2006年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。米国ハーバード大学研究員などを経たのち、近藤昭彦教授(現副学長)に出会い神戸大学へ赴任。2018年から教授。と考えていたからだ。 CRISPRは2段階のプロセスからなる。まずDNAの塩基配列を読み取り、編集の標的とする部位を決める。決めた後に配列を切断し、細胞の自己修復機能に委ねる形で編集する。狙った配列に変わる確率が小さく、ゲノムを切る行為によって最悪の場合は細胞が死んでしまう問題があった。 Target-AIDも部位特定プロセスは同様だが、配列を切るのではなく化学反応(脱アミノ化)で文字をピンポイントに置き換えられる。自然の進化プロセスに近いため、細胞への影響もほとんどない。 Target-AIDを含めた新しい切らないゲノム編集技術は、一般には塩基編集と呼ばれ、その一部はすでに遺伝子治療では臨床試験に入り、食の面でも農作物などの品種改良を効率化し、収量増や特定の機能を向上した食材を実現できることを確認している。交配による従来の品種改良は不確実で、成果が得られるまで何年もかかっていた。Target-AIDでは、例えば甘み成分を高めたトマトを生み出すことも容易に数カ月レベルでできる。 ただ「実際に広く活用されるには越えなければならないハードルがあります」と西田教授。かつて遺伝子組み換え技術で社会に受け入れられなかった例があるが、それは自然界では起こり難いプロセスだった。「ゲノム編集は自然にも起こりうるプロセスをより精密に行っています」と安全性への自信を示す一方、「世間のイメージとしてどうとらえられるかはわかりません」と懸念する。ゲノム編集によって豊かな食が実現するかどうかは、もはや技術の問題ではない。新たな食材がビジネスとして成立するかどうか、つまり私たちがその安全性を理解し消化できるかどうかにかかっている。西田 敬二 [ NISHIDA Keiji ]先端バイオ工学研究センター 教授“切らない”強み“豊かな食”につなげる進化を加速するゲノム編集技術
元のページ ../index.html#9