神戸大学広報誌『風』 Vol.22
7/24

7ある企業の回転焼きがなぜ美味しいかを第二段階の課題に挙げた受講生がいました。面白い着眼点です。工程を想像しながら、顕微鏡で断面を調べたり、元素分析したり。第一段階の多様な経験で知ったさまざまな解析のアプローチが活かされ、研究として成立していることに感心しました。大学院人間発達環境学研究科 勅使河原 君江 准教授抽象画の鑑賞後に作者と同じ手法で絵を描くセッションで、多くの受講生から自分の描いた作品の現物を持ち帰りたいという申し出がありました。今の子どもたちはデータ世代だと思っていましたが、作品への思い入れや愛着はいつの子どもたちも変わるものではないと気づかされました。聞きし、広い視野で価値判断できるようになれば、課題の重要性を理解できるようになります」。さらには“失敗”も学ぶ。「研究は“結論”というゴールまで一直線につながっているわけではありません。試行錯誤を体験し、難しい状況でも意気消沈しない、失敗してもいいというメンタリティも育てたいと考えています」。 科学と向き合うために 道場では三つのことを重視する。まず「本物に触れること」。SPring-8や理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳(神戸市)」など兵庫県特有の“本物”がある場所を訪れる。次に「専門家との直接対話」。知識を持つ人に単に教えてもらうのではなく、実際の科学者がどう考え、どんなふうに表現するかを知ってもらう。三大学院農学研究科 池田 健一 准教授体験プログラムの気づきを熱心にまとめるつ目は「切磋琢磨」だ。毎回、振り返りと分かち合いのセッションを持ち、疑問を出し合い、ディスカッションする。これが“道場”と名付けたゆえんで、受講生同士の相互作用を期待する。 こうした背景には蛯名名誉教授自身の経験がある。中学から陸上にのめり込んだ蛯名名誉教授。走り込むだけではなく、自身のフォームを撮影しながら、よりスピードが出る走り方の仮説実証を繰り返した。高校時代には陸上の教本を書いた大学教授に手紙を出し、実際に会いにも行った。そこで「研究室」という職場、「研究者」という職業の存在を知った。「それまで大学は高校の延長。単に勉強するところだと思っていました」。この出会いが研究の道に興味を持つきっかけになった。 一方、道場のプログラムでは子どもたちに付き添う学生メンターが果たす役割尼崎市総合文化センター白髪一雄記念室でのアートセッションの様子も大きい。議論を導き、受講生同士の対話が弾むよう促す。こうした技量はアカデミックな活動をする上で重要であり、また受講生の疑問に触れることは学生自身の刺激にもなっているという。科学の理解者が科学を支える この道場はどんな未来をつくるだろう。蛯名名誉教授の心には学生時代にプロ指揮者、山岡重信氏と交わした言葉が残る。「なぜアマチュアの練習に来てくれるのか」という問いに、山岡氏は「音楽を深く理解できる聴衆を育てている。私たちの活動は聴衆に支えられるのだから」と答えた。これと同じだ。科学を理解する人が増えれば、研究者が打ち込める環境は維持される。「自分で調べ、考え、学術論文さえも読めるような人を増やしたい。この人たちにサイエンスは支えられます。受講生が研究を志してくれれば、うれしいですが、たとえ研究者にならなくても、本格的なサイエンスリテラシーを持つ人が増えてくれればありがたい」と、蛯名名誉教授は笑顔を見せる。“本物”の研究者にも驚きや気づき科学のまねごとではなく、本物の科学を蛯名 邦禎 [ EBINA Kuniyoshi ]名誉教授、神戸みらい博士育成道場コーディネーター1982年大阪大学大学院基礎工学研究科後期課程修了。2000年神戸大学発達科学部教授。専門は環境物理学から科学教育まで多岐にわたる。2017年名誉教授。ケガがなければ、陸上選手としてオリンピックに出場していた(はず)、と笑う。

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る