神戸大学 理学部・大学院理学研究科 2023
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 私たちが研究の対象とする分野は、生物独自の特性である階層性を反映して、分子、細胞、個体、種、生物社会など多岐にわたります。DNAやRNAの遺伝情報やその発現の仕組みを研究する分野に始まって、細胞間や細胞内の信号(シグナル)の伝達や変換の仕組みを分子レベルで理解しようとする分野や、細胞の運動、発生など細胞レベルの研究を行っている分野、さらには生物の種や系統の進化、また動植物が織りなす生態系の成り立ちを対象にする分野などがあります。近年、分子レベルから見た生物学のめざましい発展によって各研究分野に共通の基盤が生まれつつあり、それぞれの分野の違いを越えた新しい融合的研究も生まれようとしています。図1. VISUALの概略図   シロイヌナズナの芽生えをオーキシン、サイトカイニン、bikininと呼ばれる化合物を含む培地で培養することで、短期間で効率よく維管束細胞の分化を誘導できる。DNAの塩基配列を自動的に読みとる装置細胞の中の遺伝子配列を読みとる図1. ヒサカキノハナの雌雄差と、昆虫群集や微生物群集の繋がり近藤 侑貴 准教授細胞機能教育研究分野辻 かおる 准教授生態・種分化教育研究分野研究の特色研究トピックス維管束を創って、調べる 維管束は、植物において物質輸送を担う重要な組織系です。最近の研究で、維管束は植物体の支持や電気シグナルの伝播など他にも多面的な機能をもつことがわかってきました。維管束は水などを輸送する木部組織、糖などを輸送する篩部組織、細胞分裂を担う形成層組織に大別され、これら組織を構成する多様な維管束細胞は維管束幹細胞から作られます。しかしながら維管束は傷つかないよう植物体の奥深くに位置しているため、維管束幹細胞の分化運命がどのように決められるかはあまり研究が進められていません。そこで、私の研究室ではモデル植物シロイヌナズナを用いた組織培養系VISUALを立ち上げ、植物ホルモンと人工化合物のみで維管束細胞分化を効率よく誘導できるようになりました(図1)。実際に、VISUALを用いた遺伝子発現の網羅的解析から維管束幹細胞で働く遺伝子群を特定し、それら幹細胞運命の1細胞定量イメージング技術の開発に成功しています。最近では、VISUALを用いた生理学研究から糖シグナルが幹細胞分化を制御していることを明らかにしています。このように開発したVISUALに対して様々な最新の解析技術を取り入れることで、維管束の発生機構と生理機能の解明に取り組んでいます。 最近では更に、VISUALの培養条件を変化させることで特定の維管束細胞の誘導が可能となり、維管束細胞運命の操作も現実のものとなってきました。また、シロイヌナズナだけでなく木本植物においてもVISUALによる維管束細胞の誘導が可能であることがわかってきました。植物は大気中の二酸化炭素を固定し、それらの多くを木部細胞の細胞壁成分として蓄積しています。木部細胞の発生機構を理解し人工的にデザインできるようになれば、幹細胞運命制御の基礎的なメカニズムだけでなく、将来的には低炭素社会の実現への貢献も期待されます。花の性的二型と昆虫・微生物群集のつながりを解き明かす 研究対象のヒサカキという樹木は神事や仏事、庭木に使われ、東北以南では普通種です。この樹木は、雄花だけつける雄個体と、雌花だけつける雌個体があります。このヒサカキを観察していると、ソトシロオビナミシャクという蛾の幼虫は、雄花を食害する一方、雌花は全く食害していないことに気が付きました。片方の性の植物のみを利用する昆虫は報告がなく、興味を持ち研究を進めてみると、この蛾は雌花を食べると死亡すること、その死亡要因は花蕾に含まれる化学防御物質によると思われることが分かりました。 この発見は、花の性別は同種の他個体だけでなく、他の種の生物にも大きな影響を与えている可能性があることを示しています。ヒサカキの花は、変わった匂いを放ち、ハエやハチを引き寄せ、これら昆虫が受粉を担っています。花の性別は花を食害する昆虫だけでなく、受粉を担う昆虫にも影響を与えているかもしれません。そこで、調査をすすめると、花蜜の量などにも雌雄差があり、雄花と雌花では訪花性昆虫の行動が異なることも分かってきました。 さらに、昆虫が花に訪れると、昆虫の体に付着していた酵母や細菌が花の蜜に持ち込まれます。そこで、これら花蜜内の微生物を培養して調べると、微生物群集もまた花の性別により大きく異なっていることが示されました。このようにヒサカキの調査を進めることにより、花形質の雌雄差は昆虫を始め、酵母を含む菌類や細菌といった多種多様な生物に影響を与えていることが世界で初めて明らかになりました。しかも、花の雌雄差は多くの昆虫や微生物に一方的に影響を与えているのではなく、昆虫や微生物もまた花の性的二型の進化にも影響を与えている可能性が高い事も分かってきています(図1)。 最近では、ヒサカキに加え、近縁種のハマヒサカキや、草本で花に二型があるソバなども材料に、花と昆虫、微生物のつながりについて調べています。これら研究を通じ、お互いに影響を与え合いながら地球上に棲んでいる多様な生物の繋がりをより深く理解したいと考えています。

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