哲学・哲学専修5授業では最近の卒業論文から「アリストテレス『ニコマコス倫理学』における自己愛」「持続可能な社会の実現へ向けて」「人種の表象表現に関わる諸問題の考察」「競走馬に対する動物倫理の検討」「フーコーの権力論から見た学校についての考察」卒業後は教員からのメッセージ卒業生からのメッセージ中 真生教授フランスを中心とする現代哲学・倫理学。同時に、他者・身体・ジェンダーを軸として「生殖」について考察する研究に取り組んでいます。加藤 憲治准教授フランス哲学。特にベルクソンを中心にした生の哲学。新川 拓哉講師現代分析哲学。特に意識と知覚にかかわる哲学的諸問題に取り組んでいます。安倍 里美講師メタ倫理学及び生命倫理学。教員の紹介茶谷 直人教授アリストテレスを中心とした古代ギリシア哲学、および生命倫理学 様々な分野を専門とするスタッフが体系的で段階的な哲学と倫理学の教育を行っています。講義では哲学・倫理学の古代から現代に及ぶ問題や概念、方法論を学び、演習では原典を読解する能力を養います。また、オフィスアワーを利用し、各学生の関心に合わせ、卒業論文の指導を行うと同時に、学生が研究成果を発表し、互いに議論しあう、哲学専修のスタッフ全員参加の合同演習も実施しています。こうした多様な演習と論文指導を通して、一人一人の学生が哲学的に考える力を身に付けることができるよう指導していきます。 卒業後、社会人の道を選択することも、博士課程前期課程で2年間研究を続けることもできます。研究者を志す人は、博士課程後期課程に進学して3年間研究することができます。就職状況は順調で、民間企業に就職した人もいれば、公務員、教職についた人もいます。おおむね2割程度が大学院に進学し、8割程度が市役所、観光業、商社、金融機関、民間教育機関、IT 企業、図書館など、多方面に就職し、活躍しています。 「美しく問う」――それが哲学の醍醐味の一つです。すなわち、与えられた問いの答えを探るだけでなく、問いそのものを自ら発見しつつ探究を進めるということです。そしてここで言う「問い」(美しい問い)とは、「解くことは容易ではないが、解かないことには自分自身が胸苦しさを感じずにいられないような」問い(=アポリア)のことです。 そのような問いは、一般的な問いであれ具体的な問いであれ、この世界に様々な仕方で潜んでいます。(茶谷直人) 対話を通して知を深めることは古代ギリシアの哲学者ソクラテスが行った哲学的探究の試みですが、哲学専修にも教員や学生同士で対話を行う講義やその機会が多くありました。知識分野や価値観の異なる人と、純粋に知的な問いにフラットな立場で対話をすることは哲学という枠組みで集まった場でしか経験できないもので、たいへん楽しく、かつ貴重な時間だったと振り返って私は思います。人と対話し、書物と向き合いながら、必ずしも答えがでるわけではない問いに向き合い続けるという哲学の経験は、卒業後どんな進路を選ぶにせよ自身の大きな力になるのではないでしょうか。 (下中怜史 2016年3月卒業 宝塚市職員)いま哲人たちの「なぜ?」という問いの冒険にあなたも参与しよう。そうすれば私たちの現在もみえてくる。 紀元前5世紀のアテネで「真に知恵ある」人物を求め、政治家、芸術家、職人を訪ね歩き、若者たちと「善とは何か」「知識とは何か」と対話を繰り返したソクラテス。17世紀のフランスで知識の揺るぎない土台をうちたてるために、「すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たに始めなくてはならない」と、孤独のうちに決断し、思索を透徹させたデカルト。ソクラテスのように、デカルトのように、あるいはハイデガーやウィトゲンシュタインのように、そのスタイルは違っても、哲学とは根本から問い、根本から思索することに尽きるものです。 今やわたしたちの生活世界に深く浸透する科学技術、グローバル化した社会経済そして互いに自己主張をやめることのない多様な文化と価値。そのただ中で対話し思索を透徹させることを通して、この時代を少しでもよりよく生きるための知恵そしてこの時代にふさわしい知識へとわたしたちを導く営みこそが今日、哲学と呼ばれるにふさわしいものなのです。Message哲学専修
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