神戸大学 理学部・大学院理学研究科 2024
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 私たちが研究の対象とする分野は、生物独自の特性である階層性を反映して、分子、細胞、個体、種、生物社会など多岐にわたります。DNAやRNAの遺伝情報やその発現の仕組みを研究する分野に始まって、細胞間や細胞内の信号(シグナル)の伝達や変換の仕組みを分子レベルで理解しようとする分野や、細胞の運動、発生など細胞レベルの研究を行っている分野、さらには生物の種や系統の進化、また動植物が織りなす生態系の成り立ちを対象にする分野などがあります。近年、分子レベルから見た生物学のめざましい発展によって各研究分野に共通の基盤が生まれつつあり、それぞれの分野の違いを越えた新しい融合的研究も生まれようとしています。DNAの塩基配列を自動的に読みとる装置細胞の中の遺伝子配列を読みとる群集や微生物群集の繋がり青沼 仁志 教授分子生理教育研究分野辻 かおる 准教授生態・種分化教育研究分野研究の特色研究トピックス昆虫が超高速度運動を生み出すからくりを解き明かす 動物は、脅威から逃げるときや、獲物を捕獲するときには速い動作をします。動物にとって、速度を生み出すメカニズムは生存に欠かせない重要なもののひとつです。オキナワアギトアリは、長い大顎を使って獲物を捕獲しますが、その時に大顎を閉じる角速度は、2.3×106rad/secほどで、これは、動物界最速クラスになります。このアリの興味深い行動に大顎を使った超高加速度のジャンプがあります。アリは、大顎の先端を地面や脅威となる相手の体に超高速度でぶつけ、その反動を利用したジャンプをします。私の研究室では、昆虫が、小規模な中枢神経系や限られた身体資源で、状況に応じた行動を発現する仕組みや、超高速度の運動を制御する仕組みについて、行動生理学実験やX線イメージングなどの方法を使って研究に取り組んでいます。 最近の研究から、脅威に対して応戦し、ジャンプで脅威を回避する個体は、攻撃性が高い個体で、コロニー内の1割程度の個体であること、その攻撃性は、脳内の神経修飾物質である生体アミン類によって制御されていることが、行動生理学実験からわかってきました。また、超高速度な運動を生み出す仕組みは、ラッチによる関節の固定と、筋収縮の力で骨格や腱を弾性変形させてエネルギーを蓄積し、一気にラッチを解放する機構にあることがX線マイクロCTを使ったイメージングやSPring-8のシンクロトロンを使ったX線ライブイメージングによってわかってきました。 地球上には、およそ95万種の昆虫類が生息しています。哺乳類は6,000種程度なので、この地球は昆虫の惑星と言っても過言ではありません。私たちヒトとは異なる進化を辿って繁栄している多様な昆虫の行動や、その行動の発現基盤である神経系の仕組みやはたらきを調べることは、私たちヒトを含めた動物に共通する神経系の設計原理と制御原理の理解につながります。花の性的二型と昆虫・微生物群集のつながりを解き明かす 研究対象のヒサカキという樹木は神事や仏事、庭木に使われ、東北以南では普通種です。この樹木は、雄花だけつける雄個体と、雌花だけつける雌個体があります。このヒサカキを観察していると、ソトシロオビナミシャクという蛾の幼虫は、雄花を食害する一方、雌花は全く食害していないことに気が付きました。片方の性の植物のみを利用する昆虫は報告がなく、興味を持ち研究を進めてみると、この蛾は雌花を食べると死亡すること、その死亡要因は花蕾に含まれる化学防御物質によると思われることが分かりました。 この発見は、花の性別は同種の他個体だけでなく、他の種の生物にも大きな影響を与えている可能性があることを示しています。ヒサカキの花は、変わった匂いを放ち、ハエやハチを引き寄せ、これら昆虫が受粉を担っています。花の性別は花を食害する昆虫だけでなく、受粉を担う昆虫にも影響を与えているかもしれません。そこで、調査をすすめると、花蜜の量などにも雌雄差があり、雄花と雌花では訪花性昆虫の行動が異なることも分かってきました。 さらに、昆虫が花に訪れると、昆虫の体に付着していた酵母や細菌が花の蜜に持ち込まれます。そこで、これら花蜜内の微生物を培養して調べると、微生物群集もまた花の性別により大きく異なっていることが示されました。このようにヒサカキの調査を進めることにより、花形質の雌雄差は昆虫を始め、酵母を含む菌類や細菌といった多種多様な生物に影響を与えていることが世界で初めて明らかになりました。しかも、花の雌雄差は多くの昆虫や微生物に一方的に影響を与えているのではなく、昆虫や微生物もまた花の性的二型の進化にも影響を与えている可能性が高い事も分かってきています(図1)。 最近では、ヒサカキに加え、近縁種のハマヒサカキや、草本で花に二型があるソバなども材料に、花と昆虫、微生物のつながりについて調べています。これら研究を通じ、お互いに影響を与え合いながら地球上に棲んでいる多様な生物の繋がりをより深く理解したいと考えています。図1. ヒサカキノハナの雌雄差と、昆虫

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