神戸大学 理学部・大学院理学研究科 2025
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ニワトリ胚において GFP レポーター遺伝子の発現により可視化した「心臓に移動してゆく神経堤細胞」(左上、矢印)、ニワトリ胚の心臓(右上)、ゼブラフィッシュ胚での神経堤細胞(下、緑色蛍光)細胞の中の遺伝子配列を読みとるDNA の塩基配列を自動的に読みとる装置 私たちが研究の対象とする分野は、生物独自の特性である階層性を反映して、分子、細胞、個体、種、生物社会など多岐にわたります。DNA や RNA の遺伝情報やその発現の仕組みを研究する分野に始まって、細胞間や細胞内の信号(シグナル)の伝達や変換の仕組みを分子レベルで理解しようとする分野や、細胞の運動、発生など細胞レベルの研究を行っている分野、さらには生物の種や系統の進化、また動植物が織りなす生態系の成り立ちを対象にする分野などがあります。近年、分子レベルから見た生物学のめざましい発展によって各研究分野に共通の基盤が生まれつつあり、それぞれの分野の違いを越えた新しい融合的研究も生まれようとしています。 動物は、脅威から逃げるときや、獲物を捕獲するときには速い動作をします。動物にとって、速度を生み出すメカニズムは生存に欠かせない重要なもののひとつです。オキナワアギトアリは、長い大顎を使って獲物を捕獲しますが、その時に大顎を閉じる角速度は、2.3 × 106rad/sec ほどで、これは、動物界最速クラスになります。このアリの興味深い行動に大顎を使った超高加速度のジャンプがあります。アリは、大顎の先端を地面や脅威となる相手の体に超高速度でぶつけ、その反動を利用したジャンプをします。私の研究室では、昆虫が、小規模な中枢神経系や限られた身体資源で、状況に応じた行動を発現する仕組みや、超高速度の運動を制御する仕組みについて、行動生理学実験や X 線イメージングなどの方法を使って研究に取り組んでいます。 最近の研究から、脅威に対して応戦し、ジャンプで脅威を回避する個体は、攻撃性が高い個体で、コロニー内の 1 割程度の個体であること、その攻撃性は、脳内の神経修飾物質である生体アミン類によって制御されていることが、行動生理学実験からわかってきました。また、超高速度な運動を生み出す仕組みは、ラッチによる関節の固定と、筋収縮の力で骨格や腱を弾性変形させてエネルギーを蓄積し、一気にラッチを解放する機構にあることが X 線マイクロ CT を使ったイメージングや SPring-8 のシンクロトロンを使った X 線ライブイメージングによってわかってきました。 地球上には、およそ 95 万種の昆虫類が生息しています。哺乳類は 6,000 種程度なので、この地球は昆虫の惑星と言っても過言ではありません。私たちヒトとは異なる進化を辿って繁栄している多様な昆虫の行動や、その行動の発現基盤である神経系の仕組みやはたらきを調べることは、私たちヒトを含めた動物に共通する神経系の設計原理と制御原理の理解につながります。 私たちは、受精卵が細胞分裂を繰り返して成長してゆく「胚」という段階を経て、おなかの中で赤ちゃんとして育ち、この世に生まれてきます。この胚の時期に、目や脳、心臓、手足といったからだのパーツがつくられます。「神経堤細胞」はこの胚の初期段階に現れる、ちょっと不思議な細胞です。心臓がつくられ始めると、心臓の中に移動して入っていく神経堤細胞というのがいます。これらは心臓の壁や弁、心筋になり、心臓のかたちづくりに働いています。一方で、からだの表面、皮膚の方に移動していく神経堤細胞は色素細胞となり、体の色をつくります。一見すると、心臓と体の色は全く関係ないように思えるかもしれませんが、実はどちらも「神経堤細胞」から生み出されているのです。 私の研究室では、ニワトリ胚や小型魚類ゼブラフィッシュを用いて、神経堤細胞がどのように移動し、分化して心臓の構造や色素細胞に分化してゆくのか、遺伝子レベルでの解析を進めています。例えば、神経堤細胞の移動阻害剤に浸したビーズをニワトリ胚へ顕微移植し、移動不全を引き起こした心疾患モデルニワトリ胚の作成を試みています。また、本来なら色素細胞になるはずの神経堤細胞を、細胞リプログラムにより心臓の神経堤細胞へ分化転換させることにもチャレンジしています。さらに、遺伝子発現解析やゲノム編集技術をつかって、魚の体色を操ることを目指した研究にも取り組んでいます。 “ 動物がもつ複雑な心臓のかたちやカラフルで美しい体色を、神経堤細胞はどのようにつくりだしているのか? ” この不思議に共感してくれる学生さんとともに、研究を行っています。研究の特色研究トピックス昆虫が超高速度運動を生み出すからくりを解き明かす神経堤細胞がつくりだす「心臓のかたち」や「体の色」のしくみ青沼 仁志 教授分子生理教育研究分野松花 沙織 講師形質発現教育研究分野

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