國學院大學 入試情報ガイドブック 2022
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次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(本文は著作権の関係で省略)(日本経済新聞 社説 2020年8月17日による)問1 下線部(a)のように考えられる理由を簡潔に説明しなさい。問2 下線部(b)のように考えられる理由を、日本の都市部と地方部の   経済・産業構造の違いの観点から説明しなさい。(100字程度)問3 下線部(c)の例を2つ挙げなさい。問4 資料1の文章全体について、400字程度で要約しなさい。次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(本文は著作権の関係で省略)(日本経済新聞 社説 2020年7月27日による)問1 下線部(a)のように考えられる理由について、本文中の語句を用   いて簡潔に説明しなさい。問2 下線部(b)に関連して、日本では近年、創業者一族内でのお家騒   動や、創業者または創業者一族と一般の株主や社員との対立が   表面化した事例が目立つ。そのような事例を1つ挙げなさい。(具   体的な企業名も記すこと。)問3 下線部(c)のように考えられる理由について、本文中の語句を用   いて簡潔に説明しなさい。問4 資料2の文章全体について、400字程度で要約しなさい。12辺諸国には、違和感のあるものに映りました。 「歴史の父」といわれるヘロドトスによれば、ペルシャ大王クセルクセスは二百万以上の大軍を率いてダーダネルス海峡を渡り、ヨーロッパでさらに加勢した軍勢を率いてギリシア本土に攻め込みました。ペルシャの大軍の到来を知ると、多くの諸民族は抵抗を止め、争ってその加勢にはせ参じました。彼は、ギリシア人もこの大軍を目にすれば、当然その「自由」を進んで放棄するのではないかと考えます。少し前のマラトンの戦いにおいて、ギリシア軍はペルシャ人を恐れることなく、自殺的とも思える程度の少数の人数で戦い、しかもペルシャ軍を破っていましたが、今度はその時とは比較にならない大軍です。 そこで、クセルクセスはペルシャに亡命中のかつてのスパルタ王デマラトスに対して、彼らはこの大軍に刃向かうことは無駄だと考えるのではないか、という質問をしました。これに対してデマラトスは、少なくともスパルタに関する限り、「隷属」を強制するペルシャの政策を絶対に受け入れないであろうし、仮にスパルタ一国になったとしても必ずや大王に刃向かうに違いない。仮にこの大軍に対して僅か一千人しか兵士を振り向けられないとしても、敢然と戦うに違いないと答えます。 ここから二人の興味深い会話が始まります。   クセルクセス「デマラトス、一千の兵がこれほどの大軍を相手に戦うなどと、君はなんてばかばかしいことを言うのか。当然の理屈で考えてみてくれ。その兵が一人の指揮者の采配の下にあるのではなく、皆が同じく自由であるならば、どうしたらこれほどの大軍に対抗できるのだ?彼らの数を五千とすれば、わが軍の兵力は彼らの一人に対して千人以上になるのだぞ。彼らも我が軍のように、一人の統率下にあれば、指揮官を恐れる心から実力以上の力も出すだろうし、鞭に脅かされて寡勢も顧みず大軍に向かって突撃もするだろう。しかし自由に放任しておけば、そのどちらもするはずがない。」デマラトス「スパルタ人は一人一人の戦いでも誰にも後れを取りませんが、さらに団結した場合は世界最強の軍隊です。というのも、彼らは自由であるとはいえ、どんな点でも自由であるというわけではないのです。彼らはノモス(法)という主君を戴いていて、彼らがこれを怖れることは、あなたの家臣があなたを怖れるどころではないのです。いずれにせよ彼らはこの主君の命じるままに行動するのですが、この主君の命じることは常に一つ、どんな大軍を迎えても決して敵に後を見せずあくまでも自分の部署にふみとどまって敵を制するか自ら討たれるか、どちらかにしろということなのです。」 この対話には興味深い指摘がなされています。それぞれが軍事や政治の仕組みの違いを認識していること、特に、クセルクセスの方がギリシア人の仕組みがわからない、あるいは理屈にかなっていないと考えていることです。二百万の大軍に僅か千人で立ち向かうということが合理的に成り立つのはただ一つ、各人が一人で数千人を相手に出来る場合でしかありませんが、どうみてもギリシア人にそうした超人的な能力があるようには見えません。おまけに彼らは「自由」を誇りにしていますが、「自由」とは統制がとれないこと、すなわち放任状態と同じことであり、大軍に向かって戦うことなどとても想像することはできないというわけです。なので、クセルクセスはペルシャ軍の威容を見せつければ、ギリシア人はその「自由」を放棄するのではないかと考えています。 ここでの話題は戦争と軍事をめぐるものですが、実は政治の仕組みと軍事の仕組みには関連があることが含意されています。対話から読み取られるように、ペルシャ式においては大王や指揮官の鞭に対する恐怖が、統治の基本原則になっていることが分かります。これは、人間が特定の人間に対する恐怖によってのみコントロールできる、それ以外にはコントロールのしようがないという考えに立っています。そうでないなら、人間たちは互いにバラバラになってしまい、そこには放任状態としての「自由」しか残らないというわけです。戦場でも、兵士たちにとって恐怖の的である人間がいなければ、大軍も一転して統制の取れない存在になってしまうのです。 これに対して、ギリシア式では、怖れの対象はペルシャ大王といった特定の人物ではありません。ポリスの人々にとっては法という共通の非人格的ルールに対する服従が全てに優先し、そこでは法に対する自発的な、納得した上での服従が広く定着しています。「自由」は個々人にそれいぞくむちかぜいいただくして考えれば放任状態とは無縁であり、各人の法への厳格な服従によって初めて実現するものだったのです。(佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』の文章にもとづく)なお、原文の対話部分はヘロドトス『歴史 下』(松平千秋訳)の引用であるが、平易な日本語に変えてある。問1 ペルシャの大王クセルクセスは、スパルタをはじめとするギリシ   ア人が兵力の圧倒的な差にもかかわらずペルシャに降伏しない   というデマラトスの主張を、「理解できないこと」と考えています。   クセルクセスの「理解できない」理由を、兵力差だけでなくギリシ   ア人の「自由」の問題も含めて、300字程度で説明してください。問2 一方デマラトスは、クセルクセスの予想とは異なり、「ギリシア人   はたとえ兵力に圧倒的な差があってもペルシャには隷属しない」   と主張します。デマラトスのいう、「隷属しない」理由を、300字程   度で説明してください。問3 クセルクセスとデマラトスでは、「自由」についてのとらえ方に違い   があります。その違いについて説明し、それを踏まえてあなたの「自   由」のとらえ方はどちらかについても説明してください。合わせて   400字程度で記述してください。過去問題 外国人留学生KOKUGAKUIN UNIV. 36

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