研究の原点は?005 万葉集をどのように研究されているのでしょうか?私は、万葉集を単に文学として取り扱うのではなく、万葉集が書かれた時代の「生活」と、その時代を生きた人々の価値観や考え方、つまり「心性」、さらに、そういった背景から生まれた「表現」の三者を明らかにするための史料と捉え、読み解いています。例えば、「洗濯をしてほしい」という意味のフレーズが和歌に記されていたとします。でもそれは言葉通りの意味ではなく、当時は妻が夫の洗濯をするという労働を担っていて、夫はその姿を愛おしく思っていたという心情から考えると、「家に帰って、洗濯をする愛しの妻に会いたい」となるわけですね。この、「生活」・「心性」・「表現」の三者を糸口とした研究方法は、國學院大學の学問の基礎を作った折口信夫先生と、フランスの歴史学者であるアラン・コルバンの考え方を応用しています。和歌一つ読み解くのに、考古学・民俗学・歴史学を応用して当時の背景を丁寧に明らかにしていくのが私のスタイルです。 そういったアプローチから、「体感訳」と呼ばれる独自の訳が生まれてくるのですね。ええ。「体感訳」は、万葉びとになりきって読む、一般の方々にも親しみの持てる現代語訳です。研究は深く、発信はわかりやすく、というのが私のモットー。授業でもこの超訳から入って、「当時の人の感覚も、今の私たちに通じるものがあるんだ」と学生たちに興味を持ってもらいます。扱う和歌に対して普通に基礎の知識や文法から教えていたのでは正直つまらないでしょう。一つの研究を山とみるならば、山は一部の玄人ばかりいても高くならず、ライトな興味層が構成する裾野が広くないと、高い山も築けないのです。自分究める01
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