KOKUGAKUIN UNIV. 006況があります。そうした状況を打開するために国へ働きかけるだけでなく、有識者たちと研究チームを組んで、よりスピーディで、安く、安全な調査研究手法の開発を行っているところです。例えば、引き揚げた船舶の保存には、それまでポリエチレングリコールという薬剤を用いて約30年間を要する手法が取られていましたが、私たちの提唱する方法では、トレハロースという自然由来の物質を使います。これにより安全性が高まるだけでなく、従来の1/3〜1/5と大幅な作業時間短縮も可能になります。また、処理の過程で、電気ではなく太陽熱を使うことで、コストカットにも挑戦しています。 水中考古学の発展のために、尽力されているのですね。水中遺跡の調査・研究や、より良い手法の開発以外に、人材育成にも注力しています。水中考古学に興味を持っている学生にノウハウを継承し、研究に携わる人材が増えれば、ダイビングスーツは研究の必需品研究の裾野も拡がりますから。ただ、コロナ禍の影響で陸上の考古学も実習がままならない中で、学生が水中文化遺産の調査・研究に携わるのは少々厳しい状況です。実践できる場所やタイミングが限られますし、潜水技術を身に付けたり、ダイビングの装備を整えたりしなければならず、負担が大きい。そのため、市町村や他大学とも連携して、水中考古学の研究界全体で、後継者の育成に力を入れていこうとしています。 研究のやりがい、今後の展望についてお聞かせください。分野を超えて他の研究者と協働し、試行錯誤の末に新たな道がひらけたときに、達成感を覚えます。例えば、先ほどのトレハロースを使った遺物の保存方法の開発は、独力では難しく、自然科学の研究者の知見が必要でした。その研究者も知識や技術はあっても、水中文化遺産に対してそれが応用できるかは分からない。互いに知恵を出し合い、検討を重ね、ようやく今があります。今後、沈没船の引き揚げにあたり、これまで蓄積したノウハウが実践できるのを楽しみにしています。また、こうした技術を国外にも発信し、世界各地の研究にも役立たせたいです。これまでの共同研究を通じ、他分野の研究者にも興味を持っていただけたと思うので、ゆくゆくは「水中文化遺産学」という枠組みで研究開発推進機構 教授研究を活性化させたいとも考えています。 最後に、先生の母校でもある國學院大學とはどのような場所かお聞かせいただけますか。私にとって考古学の素養を身に付けた学び舎であると同時に、人との交流の在り方を学んだ場所です。先生や先輩方が熱心にご指導くださる姿を見て、私も同じように後輩の面倒を見ようと思ったものです。國學院大學は「人」を大切にする大学であるとおっしゃった先生がいましたが、まさに知力と人間力、双方を養える場だと思います。学生当時、身に付けた他者との関係の築き方は、他分野の研究者との協働や後継者育成の姿勢にも活きています。また、本学には、目標が明確で熱意に■れた学生が多いという印象もあります。入学を希望する皆さんにも、ぜひ大学での学びや研究へのモチベーションを高く持ってほしい。私たち教員が、皆さんの熱意を後押しするので、存分に学業に励んでください。池田 榮史國學院大學文学部、同大学院文学研究科日本史学専攻博士前期課程修了後、助手を務める。その後、琉球大学国際地域創造学部教授等を経て2021年から國學院大學研究開発推進機構教授。現・文化庁水中遺跡調査検討委員会委員長。日本初の水中の国史跡である鷹島神崎遺跡の調査・発掘に携わるなど、国内外の水中考古学の発展に寄与している。
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