大学院生命科学研究部微生物学分野はじめに 熊本は,熊本大学医学部の前身である熊本医科大学出身で,WHOの天然痘撲滅プロジェクトリーダーとして活躍した蟻田功氏をはじめとして,感染症撲滅や新しいウイルス感染症の発見などに寄与した臨床家や研究者を多数生み出してきた。その根底には,いわゆる熊本人の性格として評される “もっこす”と“わさもん”の精神があるのかもしれない。この講義では天然痘撲滅に寄与した蟻田功氏を始め,ウイルスによる白血病である成人T細胞白血病 (ATL)を初めて見出した熊本大学医学部第2内科(現在の血液内科)の高月清氏と微生物学教室の日沼頼夫氏,HIV/AIDSの治療薬の開発に寄与した同大学血液内科の満屋裕明氏がなぜウイルス感染症の撲滅やウイルスと病気との関連を見出すことが出来たかについて講義を行い,その根底にある予防医学や治療医学への使命感,医学研究への探究心,目標に向かって最後まで貫き通す頑固なまでの信念の重要性を講義する。天然痘撲滅計画と蟻田功氏 天然痘はエジプトのラムセス5世のミイラにも瘢痕が残っており,古くは6000年以上前から地球上で猛威をふるっていたウイルス感染症と考えられている。この病気は痘瘡ウイルスと呼ばれるDNAウイルスによって感染後,高熱と全身の皮膚に嚢胞(発疹が膿をもって膨らんだもの)を形成し,感染した人の約30%が死にいたる重篤な病気である。日本では古くは奈良・平城京でも猛威をふるい,奈良の大仏建立のきっかけになったとされている。また11世紀にはヨーロッパが大流行に襲われ,人口は激減,16世紀の大航海時代にはスペイン人により新大陸にももたらされ,この感染が急激に新大陸で拡大したことがアステカ文明やインカ文明を滅亡に追いやった原因とされている。このように感染症は一旦拡大すると急激に拡大するため社会全体に大きな影響力をもたらすことがわかる。この病気に対しての予防法として古くは西アジアや中国では,天然痘患者の膿を健康人に接種する,いわゆる免疫を得る人痘法が行われていたが,接種を受けた人のうち約1%が死亡するなど安全性は十分でなかった。この人痘法を発展させたのがイギ熊本と感染症学:天然痘・ATL・HIV/AIDS 前田 洋助
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