熊本大学の教養教育 肥後熊本学
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め後天性免疫不全症候群(AIDS,エイズ)と名付けられた。その後,この疾患は急激に若い世代に拡大していき,全世界的な社会問題となっていった。これらの患者ではT細胞と呼ばれるリンパ球,特にCD4陽性T細胞の減少が認められ,この細胞が種々の病原微生物やがん細胞の除去に重要な役割を担っていることから,病気の本体はCD4陽性T細胞の減少による免疫不全によるものと考えられたが,当初その原因は不明であった。発見当時からT細胞へのウイルス感染が疑われ,ついに1983年フランスのグループにより発症者のリンパ節からウイルスが分離され,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と名付けられた。HIVは実はHTLV-1と同じ仲間であるレトロウイルスで,これがヒトレトロウイルスの2番目の発見となった。このウイルスは実際に試験管内でCD4陽性のT細胞を破壊し,AIDSの原因であることが確認された。しかしながら発見当時,日和見感染症や癌に対する薬剤は存在していたものの,HIV自体に対する治療薬はなく,AIDS患者はほぼ死亡してしまう重篤な疾患であった。熊本大学医学部第2内科(現血液内科)で原発性免疫不全症を研究していた満屋裕明氏は1982年アメリカ国立がんセンター(NCI)に留学し,CD4陽性T細胞の研究に従事していたが,その後,この疾患に出会い,HIVの治療薬の研究に従事することになった。彼は自身で樹立したCD4陽性T細胞にHIVを感染させると細胞がウイルスにより完全に死滅することを見出し,ウイルスを死滅させる薬剤があれば,この細胞死が抑制できるのではないかと考えた。バローズウェルカム(現グラクソスミスクライン)製薬会社と提携し抗ウイルス薬候補を10数種類手に入れ,その中にこの細胞の細胞死を抑制できる薬剤を見つけた。これが後にAZTと呼ばれる薬剤で,HIVの最初の薬剤として臨床で使用できるようになった。HIVはレトロウイルスの仲間でRNAを遺伝情報として持っているが,レトロウイルスは複製過程で自身のRNAから一旦DNAを合成する逆転写と呼ばれる過程を有し,このDNAがヒト細胞の染色体に組み込まれて,その後再度RNAに転写されウイルスが増殖するというレトロウイルス特有の過程を持っている。AZTはこの逆転写を触媒するHIVの逆転写酵素を阻害するため,ウイルスに特異的に作用することが明らかとなり,さらに同様の構造を有するddIやddCなども満屋氏により発見されている。しかしながらAZTをHIV感染している患者に投与すると,ウイルス側が変異をおこし,すぐにAZTに対して耐性になり,すぐにウイルスが増殖してきて病気が悪化することが明らかとなってきた。そこで満屋氏らは,このウイルスの異なる増殖過程を阻

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