高知工科大学 KUT WAY 2026
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1Cutting EdgePolitical Science を普及させるための基盤づくりを民主主義の危機にあるからこそ、独裁制から学べることがある計 量 政 治 学Chapter13Kochi University of Technology 日本の政治学に数量データ分析の手法を普及させるため、研究の枠を超えた活動を続けてきた矢内准教授。複雑な政治現象を数量データを用いて分析することで、一貫した法則性を見出すとともに、統計学などを駆使した新たな分析手法の構築にも取り組んでいる。 矢内准教授が近年力を入れている研究テーマが、民主制において大きな意味をもつ「選挙タイミング」に関するもの。日本の首相は、自身にとって有利な時期に選挙を実施する「政治的波乗り」を行うとされるが、米国のように選挙時期が固定された大統領制の国々では、選挙前に景気を操作する「政治的景気循環」が発生する。いずれにしても、民主制において選挙タイミングのもつ力は大きく、経済の状況や政策の実施に大きく影響すると言えよう。「日本は民主国家の中で最も頻繁に選挙を行う特殊な国です。なぜ毎回、任期満了を待たずに選挙を行うのか、首相がどんな計算を働かせているのか、波乗りすることで実際に与党に有利になっているのか、□に包まれた部分を明らかにしようとしています」 さらに、矢内准教授は民主制にとどまらず、独裁制の国々にまで研究対象を拡大。世界中の国々のデータを集めて分析することで、民主制と独裁制の垣根を超えた、選挙タイミングの包括的なメカニズムの解明に向けた研究を進めている。「体制が全く異なる民主制と独裁制は、別々に研究することが妥当とされてきましたが、近年は独裁国家でも形式上は選挙を行うことが主流になっています。民主制と独裁制を比較することで、新たな知見を見出せるのではないかという期代の政治学では、数量データを用いた科学的な手法によって政治現象を分析する研究が世界的な潮流だが、日本の政治学では数量的な分析手法の普及が遅れているという。この状況に危機感を抱いた矢内准教授は、科学としての政治学を日本に根付かせようと、研究だけでなく、日本の選挙研究に関する知見を蓄積・共有できるデータベースの構築などにも力を注いできた。「政治学が科学であるためには、誰がどこで分析しても同じ分析結果が再生される必要があります。それには研究に関わるデータが整理されていることが不可欠です。このデータベースを新たな研究の発展はもちろん、科学としての政治学を確立するための基盤づくりにつなげたいと思っています」K E Y W O R D待もあります」 矢内准教授らは、まず民主制と独裁制の共通点や相違点を見出すために、独裁制の選挙タイミングがどのような理由で決定されるのかを探ることにした。 民主制の選挙は政権交代を引き起こす可能性があるが、独裁制の選挙はそれほど競争的ではなく、大規模な大衆動員を行い、体制の強さをアピールする道具として利用されることが多い。このことから、独裁者は体制内のエリートの裏切りを抑止するため、体制に対する信頼が揺らぎやすい“経済危機”時に選挙を利用するのではないかと仮説を立てた。 そこで、過去に独裁国家で行われた選挙に関する詳細なデータをもとに分析した結果、独裁者は経済状態が悪い時に早期選挙を実施しやすいという仮説通りの結果を得ることができた。「民主制では景気の良い時期に選挙が起こりやすいと考えられてきましたが、独裁制では経済危機時にあえて選挙を行うことで政権を維持しようとする傾向があるという、真逆の結果が得られたことは特筆すべき点だと言えるでしょう」 今世界中の政治学者の間で、“民主主義は危機的な状況にある”との認識が広がっている。そんな時代だからこそ、民主制と独裁制を比較することの意義は大きいと強調する。「民主制と独裁制の共通点と相違点を明らかにすることで、民主制の隠された問題点や新たな改善点を見出せるのではないか。民主主義のより良い形を模索するうえで、独裁制から学べることがあるかもしれないと考えています」 政治学は英語で“Political Science”という。その名の通り、矢内准教授がめざすのは、“科学”としての政治学だ。現経済・マネジメント学群計量政治経済研究室矢 内 勇 生 准 教 授【専門分野】 比較政治学、政治経済学、計量分析政治現象の数量データ分析を行う学問領域。政治における様々な仮説を統計学的に検証する。矢内准教授は、日本の政治学にこの分析手法を普及させるために、教育から意 識を変 革しようと、「Rによる計 量 政 治 学」(オーム社、2018年)など、計量政治学の教科書の執筆にも携わり、同書は全国の大学で使用されている。最先端研究 07Cutting Edge民主制と独裁制の垣根を超えた選挙タイミングの謎に迫る政治現象を紐解く科学的手法を構築し、政治学の発展に貢献したい

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