高知工科大学 KUT WAY 2026
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1Cutting Edgeロボットの滑らかな動きを新たなエンターテイメントに譲り合いの行動をモデル化し、空気が読めるロボットの実現へマ ル チエー ジェントシステムChapter07Kochi University of Technology システム制御理論とは、機械やロボットなどを思い通りに動かすために、数式によってそれらの動作を解析・設計する学問分野。電車の走行やエアコンの自動温度調節、遠隔手術など、日常生活の様々な場面で応用されている。泉准教授は、この制御理論を利用して社会課題の解決に向けた研究を行っている。 中でも長く取り組んできたテーマが、マルチエージェントシステム(MAS)。MASとは、複数の要素(エージェント)が協調しながら、全体の目標を達成するシステムのこと。全体を統括する司令塔がなくても、各エージェントが周囲の限られた情報をもとに、自律的に判断して行動できるところが特徴だ。「例えば人が行列をなすとき、自然と一列に並べるのは、全員の位置を把握しているのではなく、“最後尾の人についていけばよい”ことを理解しているからです。こうした人間の高度な動きを、数学を駆使して理論化して人為的につくり出し、センサやロボットに実現させることをめざしています」 MASの応用のひとつとして、泉准教授はネットワークシステムに対して、「分散型空間フィルタリング」を行うための理論構築に力を入れてきた 。複数のセンサをネットワーク化し、それぞれが検出したデータを収集することで、広範囲の環境を効率的に監視できる「センサネットワーク」は、農業用ビニールハウスの温湿度管理や橋の安全性を調べる非破壊検査などで用いられている。 しかし、センサが収集したデータにはノイズが含まれていることが多く、データの正確性を高めるためには、ノイズを除去するフィルタリングが必要になる。「従来のフィルタリングは、全データを一括で処理する集中型の方式が主流でしたが、システムの規模が大きくなると、処理に時間がかかることが課題でした。これに対して、各センサが周囲と情報交換しながら、自身のデータの正確性を判断してノイズを除去する、より高効率な分散型の方式を実現できないかと考えました」 ここで泉准教授は、各センサが観測した温度や湿度などの物理量を一般化した「信号値」に着目。信号値は空間的な性質をもっており、一部の物理的な現象は地理的に近い場所で似た値をとることからノイズを判別しやすい。この性質を利用して、ネットワーク上の全てのセンサの信号値を空間的に平滑化するフィルタリングアルゴリズムを提案。そのアルゴリズムを用いた結果の有効性をシミュレーションと実験から検証したところ、いずれもデータの正確性を向上させることができた。つまり、理論と実験の両面から技術の有効性を証明することに成功した。「信号の空間的な性質を活用した分散型フィルタリング技術によって、より高速かつ効率的に正確なデータが得られるようになり、農業やインフラのモニタリングのさらなる進化に貢献できると考えています」 また、泉准教授はMASの新たな応用として、ロボット群に「マスゲーム」を実現させるシステムを考案した。これは複数のロボットが協調して移動し、一枚の画像を再現するというもの。例えば、黒と白の濃淡で構成された画像を与えると、多くのロボットは画像の濃い部分に集まり、薄い部分には少数のロボットが配置され、上から見ると画像が再現されるという仕組みだ。「このシステムではロボットに画像情報を与えると、それぞれが自律的に動くことで目標画像に近づいていきます。つまり分散型制御によって、ロボット群の自然かつ滑らかな動きで画像が実現されているのです」 このシステムのねらいは、制御理論がどのように機能しているのかを視覚的にわかりやすく示し、この分野への関心を高めることにある。実際にこのマスゲームを多くの人に体験してもらおうと、Web上で操作できるシミュレータも開発中だ。「MASの制御を新たなエンターテイメントとして広く認知してもらうきっかけにしたい」と期待を込める。 そして今、泉准教授は新たな方向性として、少数の高機能ロボットによる「ゆるい協調」の理論化に向けた研究を構想している。従来のMASの研究では、多数のロボットを協調させることに焦点が当てられていたが、「少数の高機能ロボットがそれぞれ専門的な役割を持ちながら、必要な場面で柔軟に協力し合えることも、実社会の課題解決には重要ではないかと考えるようになりました」という。「狭い道での車の行き違いのように、人間が瞬時に状況を把握して譲り合える行動モデルを理論化し、ロボットに適用したい。こうした空気が読めるロボットの実現が、MASの可能性を広げるひとつの方向性になると思っています」K E Y W O R Dシステム工学群人 知能人工知能システム論研究室複 数の自律的なエージェントが局所的に情報を交換し、協調 的な行 動によって問 題を解決するシステム。ネットワーク技術の発展に伴い、システム制御理論において注目を集めているテーマのひとつ。交通制御やエネルギー管理、物流、金融など多様な業界での活用が進んでおり、スマートシティの実現に欠かせない技術と言われている。泉 晋 作 准 教 授【専門分野】 制御工学、動的システム、      数理最適化Cutting Edge 最先端研究 01データの正確性を向上させるフィルタリング理論を構築「ゆるい協調」の制御理論が、マルチエージェントシステムの可能性を拓く

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