京都大学案内 2025
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■Hiroshi Sano■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■「読める」箇所に、万葉仮名から平仮名になる契機があると考えています。漢字で書かれたとはいえ、日本語で「読める」という安心感がやわらかく包み込む表記の世界で、平仮名が生まれた。それは中国語の漢字に寄り添いながらも次第に独り立ちして、漢字とは違う、日本語の文字の世界を創ってゆくのです。 研究の醍醐味の一つは、次の世代に古典のバトンを繋ぐこと。そうやって繋いできたから千年以上前の文献が読めるのです。私一人が明らかにできることは限られていますが、私の研究をもとに若い世代の研究者はまったく新しい解釈を考えるかもしれない。少し視点を変えるだけで、古代文学や古代語学の捉え方が現在とはがらりと変わる可能性があります。私にとって未来を担う研究者を育てるのは、なによりの楽しみです。教員万葉仮名で書かれた萬葉集巻三の写し。「朱色や橙色の文字は、のちの時代の人たちの注釈やメモ。修正液のように見える白い箇所は、焼いた石膏などを練った白墨を使っています」は誰も同じ思いでしょうが、私もまた次世代のための良き「捨て石」になるつもりでいます。過去の時代を研究していますが、その意味では視線はつねに未来を向いているというと格好つけすぎでしょうか。でも研究室はいつも新たな発見に沸いています。 高校生時代は天文学が好きな理系学生で、受験の失敗経験や良き師との出会いを経て、現在の道に進みました。みなさんの前にも未知の可能性が広がっています。京大が掲げるのは「自由の学風」。好き勝手で「自由な」ではなく、「自らに由って立つ」という意味の「自由の」です。みなさんの「自由」を尊重するやわらかな安心感が京大にはあります。その中で、自らの力を頼りに未来を切り拓き、独自の世界を創っていってほしいと思います。京都大学では、そんな充実した学生生活が待っています。さの・ひろし奈良県立平城高等学校出身。大阪市立大学大学院文学研究科博士後期課程修了。福岡大学人文学部助教授、武庫川女子大学文学部准教授、京都大学大学院人間・環境学研究科准教授を経て、2020年から現職。教員メッセージ私がする 私は主に、萬葉集や日本書記などの古代日本の文学作品と当時の日本語について研究しています。この時代の文献にはどう解釈してよいかわからないものがまだまだ多く、現在の「古代」観がこの先の未来で一新される可能性が充分にあります。近年とくに注力しているのは「仮名」の研究。平仮名は漢字を崩して生まれたと一般的に説明されますが、崩した文字がどうして誰もが読める標準的な文字になるのか、考えてみると不思議だと思いませんか? 平仮名がいつごろ生まれたのかも定説はなく、その成立過程の解明に挑んでいます。 古代日本では、漢字の読み方(音や訓)の音声面を借用して、日本語を表音表記する「万葉仮名」が成立しました。漢字は私たちが知っている楷書に近いもので崩されていません。萬葉集では「恋」は万葉仮名で「古非」と書くのが多いですが、「孤悲」と書いたりもします。声に出して読むとコヒですが表記をみると「孤り悲しむ」なんて漢字の選び方にも工夫があります。ところが、言葉を書くのにその都度、自由に漢字を選んでいると、書き方が不統一になってしまいます。けれども、お互いに書いたものを読む中で、よく使う漢字や言葉の書き方を学習して、次第にお互いの書き方が固定的になってゆきます。さらに行政文書の定型文は官人たちも書き慣れていて、次の文字が予測できますから少し崩した字で書かれていても予測で読めてしまう。恐らくは単語の中間の文字とか、慣用的な表現や定型文といった、前後から予測できて研究の世界4Interview 1■■■■

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