Satoko S. Kimura■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■左╱ドローンで撮影したスナメリ 中╱マレーシアのランカウィ諸島における調査仲間と。「機材をたくさん使用するので荷物が大量です」 右╱中国の沿岸におけるシナウスイロイルカ調査での一枚。「中国では地元の方々にとても親切にしていただきました。ご飯もとてもおいしかった(笑)」 地球の表面の7割以上を占めるのは、海や河などの水の世界。そこに暮らす水生動物の生態を、イルカを中心に研究しています。広大な海も、ひとたび潜れば視界は悪く、イルカの追跡は目視では不可能です。そこで、イルカが発する「音」を手掛かりとする生物音響学の手法で、その生態を調査しています。ここ数年はドローンによる空撮やAIによる音の解析も駆使していますが、それでも調査できるのはごく限られた範囲。行動範囲が広い水生動物の生態は、まだまだ謎に包まれています。 海中で聴こえるのは自然の音だけではありません。船舶の航行音や地下資源調査に伴う音など、人為的な音が水生動物に与える影響の評価にも取り組んでいます。環境に良いクリーンエネルギー源とされる洋上風力発電も、建設に伴って杭を打つ際は非常に大きな音が発生し、驚いたイルカが行動を変えたり、いなくなったりする場合があります。資源調査で使用されるのは爆発のような大きな音で、クジラたちは聴覚を失ったり、パニックに陥り潜水病になったりすることも。欧米では開発を行う企業等の出資により研究が進んでいますが、日本をはじめアジアでの研究はまだまだ遅れています。地球温暖化などの環境の変化も考慮すると、人間社会が与える影響の解明は喫緊の課題です。 調査を通じて追い求めるのは、「イルカは世界をどう認識しているか」ということ。水中は視界がよくありませんが、イルカは超音波を発して反響を聴くことで、数百メートル離れた物体の厚さをミリ単位で認識できることがわかっています。イルカが認識している世界は人間が認識している世界とは大きく違っているはずで、だからこそもっと知りたくなります。環境改善を考える場合も、人間には濁っているように見える河でも、イルカから見ると土壌から栄養が流れ込んだ良い餌場かもしれないと考えてみる。共生には「イルカから見た世界」の理解が不可欠です。 高校までの学びは正解することが目標ですが、研究は答えがあるかどうかもわからないことに挑むもの。達成感を感じられる瞬間が毎日あるというわけではありません。ですが、「調べてみたけどわからなかった」という経験は、「次はどうすれば核心に迫れるか」という好奇心の源泉になります。答えを導くのではなく、物事を正しく認識することが私にとっての研究の本随。みなさんも大学ではタフな探究心を育みながら、研究の楽しさを味わってください。きむら・さとこ愛知県立岡崎高等学校出身。京都大学農学部卒、大学院情報学研究科博士後期課程修了。同国際高等教育院附属データ科学イノベーション教育研究センター特定講師、同大学院横断教育プログラム推進センタープラットフォーム学卓越大学院特定准教授などを経て、2022年から現職。7Interview 4■■■■■イルカにとって海はどんな世界だろう。正解がわからないからこそ、「知りたい!」は強くなる
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