九州大学 文学部 案内 2023
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九州産業大学地域共創学部 教授中華書局古聯公司所属79大学教員としてはじめに赴任したのは京都の私大でした。京都ならではの研究環境を堪能しつつも、情報の多さに流されることも正直ありましたね。この時に次第に慣れていくことができたのも、実証的であること、自分の言葉で論じることを鍛えられていたからだと思っています。調査や研究会、教育のいずれにおいても、大学院時代の学恩をかみしめつつの十年間でした。現在、福岡の大学に戻り引き続き歴史研究と教育に勤しんでいます。いわば原点に戻ってつくづく思うのは、大学院の時期に培った力があれば、自分の取り組み次第で研究の世界を広げていくことができるということです。決して平坦ではなく、地味で時間を要することですが、後輩の皆さんにおかれましても、自分の研究に出会い、自分の方法で、自分の研究を培われることを祈念します。きっと一生の財産になることでしょう。私は、さらに多くの留学生に九州大学で学んで欲しいと期待しています。また、さらに多くの日本人学生がこの研究室での学びを通じて海外との架け橋となり、連綿と続いてきた文化的交流を、今後も守って欲しいと願っています。数年前、私は中国から日本へ渡り、九州大学の中国文学研究室で修士課程の二年間を過ごしました。修了後には中国へ帰国し、出版社で古籍データベースの研究・開発の仕事に就いていますが、中国文学研究室で学んだ経験が大いに活かされていると感じます。抄本・版本などの文献に関する知識、調査能力、考察力は、文学・史学・哲学分野の出版事業の基礎でもありますので、九州大学で得られた知識や能力は、他の同僚とは違う私の特別な強みとして、現在の仕事に役立っているのです。日本と中国の中国文学研究を比べると、重視されるものがやや異なっているように思います。日本では文献の比較・校勘や、本文の細やかな考察に大変重きが置かれています。一方、中国では、蔵書機構での古籍の閲覧・公開が制限されているという情況も影響しているかとは思いますが、理論研究に重きが置かれています。文献の比較・校勘が学術研究の範疇ととらえられていない風潮も徃徃にして見られ、この分野の研究は充実しているとは言い難いのが現状です。しかし、文献・本文は文学研究の基礎となるものです。日本の学者による文献・本文の比較・校勘の研究成果は、全てが翻訳されて中国に伝わっているわけではありません。しかし私は幸いにも、九州大学での留学期間中にそれらの成果をじっくりと読んで学ぶことができました。そして、それら一冊一冊の研究書には、その学者の人生の莫大なる時間と精力が費やされているのだと、深く感動しました。私は現在、古籍のデータベース化の仕事に携わっていますが、人の手による文献の比較・校勘の精密さには、コンピューターでは到底及ばぬものがあると日々強く感じています。しかし、現在、日中の学術交流、或いは国境を跨ぐ出版活動は、言語的・法律的な要因により、いささかの困難に直面している部分もありますので、人の手で比較・校勘された文献研究の成果をデータベース構築に活かすことで、国境を越えた文学研究活動の手助けをできたらと思っています。大学院では国史学研究室(現、日本史学研究室)に所属し、平安時代の宮廷儀礼の研究に従事しました。ちょうど宮廷儀礼の研究が学界でも盛んとなり、必要な史料や辞書類が刊行された時期でしたので、運が良かったと思います。ただし、それだけライバルも多く、その中で自分の研究を構築するのは一苦労でした。授業では、史料を正確に読解することと、わかりやすい文章で論述することを徹底指導されました。ひとえに自分の力の無さが原因なのですが、この二点は厳しく指導されましたね。先輩や後輩と研究会をつくって自主的に研究報告や史料講読もしていました。どの分野でもそうなのでしょうが、わかっているつもりでも、実際に人前で話してみると、言葉の意味を知らなかったり論理が矛盾したりして、その都度自分の力の無さを痛感します。数日落ち込んで、再び歩き始める繰り返しでした。それで少しずつ自分の研究の精度を高めていくのです。この歩みが今の研究と教育両面にわたる最大の財産になっています。また、儀礼研究では文学作品や絵画も見なければならず、当時は文学部棟の同じ三階に、国語学・国文学研究室、美学・美術史研究室がありましたので、たびたび訪問しました。よその研究室に文献を探しに入るのは少々勇気のいることですが、工学部に建築史関係の文献を調べに自転車で通ったのも、懐かしい思い出です。厳しくも自由に研究できる環境でしたので、自分の研究を確立するために、自分の考えた方法でいろいろと取り組んでいました。そのことは今の生き方に通じていますし、論文にもあらわれているのではないかと自負しています。一生の財産を培う場として末松 剛 Suematsu, Takeshi 学びを通じて海外との架け橋に汪 涵 Wang, Han (Ou,Kan)

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