九州大学 文学部 2023
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▲ 米倉迪夫著『源頼朝像―沈黙の肖像画』 絵は語る4 平凡社 1995年 作品誌の提唱者による本。その記述は、作品誌の 醍醐味を知るためのバイブルとなっている。▲ Arjun Appadurai, The Social Life of Things:  Commodities in Cultural Perspective,  New York: Cambridge University Press (1986). モノの社会生活の嚆矢となる本。アパデュライはインド生まれ の文化人類学者。13 今や日本は、かつて憧れた仏蘭西国を凌ぐほどの美術愛好国となった。しかし、若い世代の学生には、美術よりは、カタカナ表記のアートの方がより身近に感じられるのではないだろうか。モノとの対話に触覚や聴覚の役割がとりこまれ、特権化されてきた視覚の役割は、相対的に後退している。その意味で、私たちは、美術からアートへの変わり目の時代に居合わせていることになる。 仏像は、美術以前からのさまざまな制度の痕跡を、さながら映し鏡のように宿してきた。祈りの対象として誕生した仏像が、その霊力を維持するために秘仏とされることがある。やがて寺院の開創や由緒の神話を証す宝物になり、近代には美術品として公開され四方からの視線に曝される。時として故郷から美術館へと住処を移す運命にさいなまれる場合もある。いずれアート展と称して、今日的に仕立てなおされた空間に、仏像と祈りを込める儀礼とを結びつけて展示するという企画が出現するのでは、と予想する。 変な譬えかもしれないが、モノにも、人と同じような社会生活の歴史がある。そう考えてみると意外と視界が広がって面白い。モノには、その社会的な意味や機能を変化させながら、今日までの歴史が宿り、年輪のように刻みこまれている。多種多様なモノを擬人化して、その移動や離散、経済的な活動にともなう交換や消費、文化的資本としての価値付けの歴史を語る議論が、じつは、今、盛んになりつつある。美術をめぐる制度論から生まれた作品誌や、交易品のグローバルな展開から着想されたモノの社会生活(social life of things)は、いずれも日本の美術史学や欧米の文化人類学を源とする新しい考え方である。今後、物質文化論(material culture)などの議論とも結びついてさらに展開されていく感がある。 近年、人文学や社会科学系の学問において、専門性を超えた柔軟な思考が大学の学部時代から求められている。多様な学問のそれぞれの根拠を問い直すことで、新しい議論の視界が開かれていく。それも人文学に共通する醍醐味であり、文学部の大きな魅力である。

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