九州大学 文学部 2023
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石ケ原古墳跡に整備された、九州大学伊都キャンパスイーストゾーン。建物の最上階には遺跡展望室が設けられ、駐車場の間には石室が復元された。16歴史学コースHistory Course いま世界には、歴史教育、文化遺産問題から、民族、宗教紛争まで、「過去と現在の対話」を必要とする課題が満ちています。 日本では、「歴史」の勉強として当然と考えられている「世界史」は、世界的には珍しい存在です。どの国でも、「歴史」は、学校の科目では、普通一つしかないからです。私たち日本人は、なぜ「世界史」を「日本史」とは別に学んでいるのでしょうか。あるいは、そもそも「世界史」とは何なのでしょうか。 九大文学部が、2018年に移転してきた伊都キャンパスのイーストゾーンは、古墳を破壊して整備されたものです。この古墳は、なぜ、吉野ヶ里遺跡のように保存されなかったのでしょうか。ユネスコには「世界遺産」が、世界の各国には「文化財保護法」なる法律がありますが、「保存されるべき遺産」とは、誰がどのような基準で決めているのでしょうか。保存のための経費は誰によって負担されるべきなのでしょうか。 私たちは、個人としても、集団としても、自分(たち)とはなにかという問いを自らに投げかけながら生きています。その際しばしば参照されるのが、比較の対象としての「他者」であるととともに、「自分たちの過去」でしょう。ところで、「自分たちの過去」とは、いったい何なのでしょうか。縄文時代に日本列島に住んでいた人々は、現代の日本国籍人の「祖先」なのでしょうか。あるいは、すっかり「西洋化」している現代日本人にとって、「西洋文明」は、「自分たち」のアイデンティティには無縁なのでしょうか。そもそも「過去」とは誰のものなのでしょうか。 「過去と現在との対話」は、多様で複合的な諸文化の中に生きる現代人が、互いを尊重しながら、豊かな社会生活を送るためにこそ必要と 歴史学は、「過去について考える」学問です。そこでは、過去についての「確かな」知を提供する知的冒険が日々実践されていて、その意味では、自然科学をはじめとする、学問全般となんら変わるものではありません。 同時に、「歴史的な知」は、世界や個々の社会がかかえる諸課題を、さまざまな専門家の知恵を糾合しつつ、社会全体で考えていくために必要不可欠です。「過去は誰のものか」という問いは、教育、マスコミやSNS空間を始めとする社会生活全般、さらにはグローバル化のなかでの国民国家の地位など、政治、経済的領域にも関係しているのです。 九大歴史学では、歴史学の専門的な研究、教育が、アカデミズムのなかだけではなく、広く社会全般において役立つこと、また、そのために貢献する人材の育成を目指しています。過去は誰のものか岡崎 敦 (西洋史学、名誉教授)されています。そのためには、さまざまな伝統に属する人々の間で、確かな証拠に基づき、平和的な対話がなされる「公共空間」が必要です。

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