九州大学 2024年度 理学部案内
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0, c, c²+c, (c²+c)² + c, ((c²+c)²+c)² +c, · · ·図1「アンリ・ポアンカレ」 この世に存在する星の動きは、アイザック・ニュートンが発見した万有引力の法則によって支配されています。その法則は、星の質量や星の間の距離を用いた微分方程式として表され、ある地点から出発した星が何秒後にどこへ動くのかは、この微分方程式を解くことによって完全に決定されます。ところが今から百年以上前、フランスの数学者アンリ・ポアンカレは驚くべき発見をしました。彼が発見したのは、星の数が二つの場合は微分方程式の解を常に書き下せるのだが、星の数が三つ以上になると大抵の場合その解を具体的に式で書き下すことが出来ない、という事実でした。すなわち、三つ以上の星は何秒後に「どこか」にあることはわかるが、具体的に「どこ」にあるのかはわからない、ということです。しかも彼はその研究の過程で、星の動きは非常に複雑で予測不可能な「カオス」と呼ばれる状態になりうることも発見しました。これらの発見はポアンカレに大きな衝撃を与えたと同時に、具体的な解の形に着目する量的な研究から、解の大域的な性質に着目する質的な研究への大転換を迫りました。これが、今日の「力学系理論」の始まりです。04 ちなみにポアンカレは、このような質的な研究を進めるための手法として位相幾何学(トポロジー)と呼ばれる新たな数学分野を作り出しました。さらにこれに関連して彼は「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相であろう」というポアンカレ予想を提唱しました。この予想はおよそ百年のあいだ未解決問題として多くの数学者を引きつけてきましたが、ついに2006 年頃ロシアの数学者グレゴリー・ペレルマンがその解決に成功しました。実はペレルマンが実際に解いたのはポアンカレ予想をその一部として含むようなサーストンの幾何化予想と呼ばれる壮大な予想であり、ポアンカレ予想の解決はあくまでもその帰結として得られたのです。 力学系理論は何も星の動きに限った話ではありません。力学という言葉が入ってはいるものの、今ではそれは(むしろ物理学というより)現代数学の重要な一分野を成しています。例えば、誰もが中学生で習う2次関数 を考えてみましょう。ここでcはある定数です。例えばいまxに0を代入すると、f(0)=0²+c =cという値が出力されます。次にこの値をもとの2次関数のxに代入すると、こんどはf(c)=c²+cという値が出力されます。さらにこの値をもう一度2次関数のxに代入すると、f(c²+c)=(c²+c)²+c となります。この操作を繰り返すと、という数列が得られますが、これもまた立派な力学系なのです。2次関数なんて、解の公式も知ってるし、増減表力学系理論の始まり現代数学としての力学系理論数理学研究院 石井 豊f(x)=x²+c 力学系の世界へようこそ

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