Researchers at Nagoya University「これまで見逃してきたマージナルなものに光を当て、直線的な物語や境界線を問い直していきたい。」新たな視点から中世ヨーロッパ・キリスト教美術史の定説を覆すResearcherGUIDE TO NAGOYA UNIVERSITY 202308PROFILE専門は西洋中世・キリスト教美術史。博士(文学/名古屋大学、中世考古学/パリ第1大学)。単著『ゴシック新論 排除されたものの考古学』(名古屋大学出版会・2022年)、共編著『聖性の物質性 人類学と美術史の交わるところ』(三元社・2022年)、共編著『宗教遺産テクスト学の創成』(勉誠出版・2022年)など。大学院人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター 教授時代様式を超えたゴシック論 20代の頃からシャルトル大聖堂をはじめとした中世ヨーロッパのキリスト教美術史を研究し、ロマネスクとゴシックの関係を40年近く考え続けてきました。しかし大聖堂を実際に見てみると、そこにはゴシックでもロマネスクでもないものがたくさん埋もれています。私は直線的な物語から排除されてきたミクロあるいは周縁の造形に光を当て、新たなゴシック像を提示した「ゴシック新論 排除されたものの考古学」を2022年2月に上梓しました。 中世ヨーロッパ建築・彫刻は、それぞれがどこに配置され、どのような役割を果たすのかが明確に決まっていました。素材も多様で、過去のさまざまなパーツを組み込み、アートと一般的な事物との境界線もはっきりしません。近代的な美術の在り方は、ルネサンス以降に形成されてきたヨーロッパを中心とするアート観であり、中世美術について論じるのは美術史の研究者ばかりでした。しかし、20世紀の終わり頃から他分野の研究者たちが参入し、さまざまな角度から社会や文化の中で果たした役割という観点で見直そうといった問題意識が出てきました。美術史は人類学的な関心の在り方とつながり、研究の基盤となる考え方を広げていく方向に変革が起きたのです。革が起きたのです。文化人類学と美術史の共同 私自身もそのような方向性に則り、人類学の先生方と共同し、2022年3月に「聖性の物質性 人類学と美術史の交わるところ」をまとめました。五感では関知しえない神や霊など超越的な存在との交渉を、人はどうやって成り立たせてきたのか。手で触れられるような物質性が重要な役割を果たしているのではないかという論点で、民族誌的な報告や事例研究をもとに比較検討しています。 さらに同月、名古屋大学が取り組む「文化遺産と交流史のアジア共創研究ユニット」をはじめとして、仏教美術・仏教学といった中多様な分野の先生とともに「宗教遺産テクスト学の創成」を上梓しました。「遺産」について、東アジアの仏教がある程度浸透している地域ではどのような価値観を持っているのか。遺産とそうでないものの境界線を問い直しています。 ゴシック誕生の定説や遺産概念、そして「壊す」といったキーワードからも、新たな視点を得ることで、これまで当たり前だと思ってきた姿がガラリと変わり、中心的なものがむしろ後退して図と地の関係が逆転することがあります。そこが研究の面白さであり、定説を覆すことができないかという発想で今後も取り組んでいきます。木俣 元一02
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