新潟大学 医学部医学科 案内 2023
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基礎研究者の幸せ:別れ道の連続1970年新潟大学医学部卒業。1976年よりアメリカNIH留学、UCSF, Chiron社Visiting Scientistとして、2020年にノーベル医学賞生理学賞を受賞したマイケルホートン博士とC型肝炎ウイルスの発見プロジェクトに従事、多大な貢献をされました。2006〜2010年、国立感染症研究所 所長。2014年、瑞宝重光章受章。私は、戦争末期、新潟で生まれ、日本海の水で産湯を使い、波の音と松林をわたる海風を子守歌として育った。新潟大学教育学部附属小、中学校、新潟高校で学んだ。家の裏はすぐ松林とグミ林で、海岸まで広い砂浜が広がっていた。多くの級友達が遊びに来て松林や海岸でひたすら遊んだ。皆おっとりとして、人のいい子ばかりだった。私はこの立地条件と環境のおかげでいつの間にか、小さいグループができるとそのリーダーに祭り上げられ、それを嫌とは言えない妙な性格を醸成していった。いろんな事情があって新潟大学医学部に入って(昭和39年)、考えること多々あったが、考えがまとまる間もなく大 地が大きく変動し(新潟地震)が起こり、大学は休講が続いた。あまり深い考えもなく、成り行きでヨット部に入った。これは大正解だった。全学部の個性的学生の集合体であった。その中で私は、遅れてきた部員で、非力でセンスもなく、勝負師根性もない劣等部員であった。だがひと夏の佐渡両津での合宿、そして春まだき3月の内野合宿での遭難で頭角を現した。医学部の先輩達が皆、そろって優等生であることを知って、そのことを2学年上の下条文武先輩(元学長)に確認したら、〈ヨットは体力のみならず瞬発的、持続的思考力を養えるので必然的に学業成績が上がるのだ〉とのことであった。当時、新大医学部は東医体では無敵であった。私は、新人の頃はよく走って、ヨット部主将に祭り上げられた。ところが主将になったとたん伸び悩んだ。色んなことを過剰に意識し、チームは負けが込み、関東インカレでも、金沢大定期戦、東医体でも成績が下降していった。個人的にも国体の県予選でも最終日までトップを取りながら、最終レースで考えすぎて失敗し、下級生に敗れ、念願の国体出場はかなわなかった。今でも夢に出てくる。しかし、総じてヨット部の活動は実に痛快で、尊敬できる友人達に恵まれ、その後の人生の財産となる経験を数多く得ることができた。卒業する2年前にインターン制度が廃止になり、全国的に大学紛争が燃え盛った。卒後、何科に進むかは最初に直面した人生の大きな別れ道だったが、結論を先延ばしして、将来の可能性をできるだけ広く保持しておこうと思い、さらに何科に行くにしても基礎的なバックグラウンドが必要と、厚生省の国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)村山分室でたまたま定員が一つ空いていた腸内ウイルス部に入れて戴いた。腸内ウイルス部の主要業務はポリオワクチンの検定であった。腸ウ部では久しぶりの、医学部新卒部員だったので先輩方に大層期待された。一方検定業務は正直、単調でどこに新しい発見があるのかとも思った。 私にも誰にでもある人生の別れ道が数多くあった。臨床研修を一切経ない卒後直接の感染研入所をはじめとし、師一人、弟子一人のTakemoto研へのNIH留学、ベンチャー企業先駆けのChiron社でのC型肝炎ウイルス遺伝子クローニング、厚生省本省の併任役所勤務、WHOのポリオ根絶計画運営委員など、その都度、成り行きで選択したような気がしていたが、結果的にはいつも結論を急がず、より困難な人のやらない道を好んで選択してきた。その都度尊敬すべき師、同僚、後輩に恵まれたのは幸せの極みであった。ある時、部長によばれ、ポリオウイルスの中和抗体測定のための国内標準血清の作成を命じられた。こうしたReference, Surveillance業務は感染研の持つCDC機能の大切な要素である。ウイルス学の基本技術を学ぶには絶好の機会であり、それぞれの分野のエキスパートの先輩達が格別丁寧に教えてくれた。予定通り半年かけて作り上げ、WHOの大御所Perkins先生に報告し、認定を受けた。原著論文になるような仕事ではなかったが、ウイルス学会の雑誌「ウイルス」に投稿したら、学会より封筒が届き開いたら一万円入っていた。私は、名と実と富を得て、徐々に徐々に感染研、悪くないなと思うようになっていった。というよりいつの間にか、もう後には引けず、つぶしも効かず前へ前へと進む以外なかった。仕事は絶えず、何らかの知的好奇心を満たす対象であり、面白くて仕様がなかった。13宮村 達男国立感染症研究所 名誉所員困難な道の数だけ喜びや感動がある・・・理想に向かって奮闘中の卒業生からのメッセージです。Messageg医療の現場で今を生きる卒業生たち

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