雄マウス由来のiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った卵子と別の雄の精子による受精卵から子どもが誕生――。医学系研究科の林克彦教授らのチームが2023年春に発表した研究成果は、世界に大きなインパクトを与えました。その技術は、不妊治療への応用や絶滅危惧種の動物の救済につながるだけでなく、男性同士のカップルが自分たちの子どもを持つ可能性をも示していたからです。実用化にはまだ時間を要するとはいえ、さらに研究が進めば、社会的な議論を巻き起こす可能性もあります。林教授自身は、この研究をどう捉えているのでしょうか。 まず、研究概要を紹介します。細胞には性別を決めるXとYの染色体があり、雄(男性)はX、Yを各1本、雌(女性)はX2本を持っています。チームは、雄の細胞が加齢に伴い分裂を繰り返すうち、Y染色体が消失するケースがあることに着目。雄マウスの皮膚から作ったiPS細胞を繰り返し培養し、X1本だけになった細胞を選び出しました。そこに特殊な化合物を加えるなどしてX2本を持つ細胞にし、それを卵子に分化させることに成功しました。 この卵子に別の雄マウスの精子を受精させてできた受精卵630個を、雌マウスの子宮に移植したところ、7匹(雄6匹、雌1匹)のマウスが誕生しました。いずれも生殖能力を持ち、とくに異常は認められませんでした。2PROFILE林 克彦(はやし かつひこ) 1996年明治大学農学部博士前期課程修了。東京理科大学生命科学研究所(分子生物学部門)助手。博士(理学)。05年ケンブリッジ大学ガードン研究所博士研究員。09年京都大学医学研究科講師、12年に同准教授。14年九州大学医学研究院(ヒトゲノム幹細胞分野)教授を経て、21年から現職。〜不妊治療、絶滅危機動物の救済へ一歩〜「有性生殖のルール書き換える」 英国での遺伝子関連会議で成果を発表したところ、国内外で大きな反響を呼びました。この技術を人間に応用できれば、理論上、2人の父親が子どもをつくることが可能になるからです。論文を掲載した英国の科学誌「ネイチャー」は23年末、科学分野で重要な役割を果たした「今年の10人」に日本からただ1人、林教授を選び、「この生物学者医学系研究科 生殖遺伝学教室 教授 林 克彦大阪大学の研究 〜知を拓く人、新たな探求と挑戦〜雄マウス細胞から卵子を作製
元のページ ../index.html#4