静岡文化芸術大学 大学案内 2024
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“■”を追い、読み解くことで、※学生の学年表記は取材時(2022年度)のものです。SUAC_012古くには『古事記』や『日本書紀』にも載っています。さて、この伝説をどのように読み解くか、です。まずは現地調査です。上村は常光寺山(標高1,438m)の裾の集落です。標高はだいたい350mから500m。かなり急な斜面です。大蛇が若い男に化けて通ってきたという屋敷は今でも上村にありました。集落では「○○様」と呼ばれる格式の高い家で、代々の当主たちは里の神職も務めていたそうです。すると、水窪に伝わる上村の蛇聟入りの背景には、以下のような要素が見えてきます。 ❶ 傾斜地のわずかな農地 ❷ その水源となっていた小さな沼 ❸ 沼に祀られていた蛇神 ❹ 神に仕える家大蛇が通ってきたという屋敷は「神に仕える家」でしたから、その娘とは、おそらく沼の蛇神に仕える巫女のことでしょう。そうした存在を民俗学では「神の嫁」と言います。村人たちが沼の大蛇を退治しようとして、大蛇が暴れ出たというのは、沼の蛇神との契約の放棄、もしくは破綻を意味します。大蛇が暴れながら斜面を下り落ちてゆく様子は、地すべりや土砂災害の隠喩と考えられます。こうした伝承を「蛇抜け」とか「蛇崩れ」と言います。「蛇抜け」や「蛇崩れ」の伝説は全国に見られますし、地すべりのことをまさにそのまま「蛇抜け」と呼んでいる地方もあります。こうした状況証拠を積み重ねると、上村の蛇聟入りの伝説からは、水源の異常な枯渇とその直後に起きる地すべり災害の「警告」を読み解くことができます。私たちはそれを「語り継がれたハザードマップ」だと考えています。実際、上村は「地すべり等防止法」による「地すべり防止区域」に指定されています。  私のゼミでは浜松市天竜区の山間地域で民話の採録調査に取り組んでいます。ゼミの学生たちは年間に20数日ほども現地へ通い、おもに高齢者の皆さんから伝説や昔話、言い伝えなどを聴き集めています。かつて、1970年代から1990年代前半にかけては、多くの大学のゼミや研究室、研究会などが全国各地で民話の採録調査を展開していました。ところが2000年以降、大学を拠点とした民話の採録調査はほぼ途絶えてしまいました。なぜ民話の採録調査は衰退したのか? それには3つの理由が考えられますが、誌面では限りがあるので、それはまた別の機会に。そうした状況のなかで、2014年から始まった静岡文化芸術大学の伝承文学ゼミの取り組みは専門の学界からも注目されています。民話の採録調査は、おそらく皆さんがイメージするよりもハードでシビアです。おばあちゃんがニコニコと出迎えてくれて「よく来たねぇ。昔話かい。それじゃ私の知ってる話を聴かせてあげようかね」…というのは、もはや幻想です。極端な少子高齢化が進んだ山間地域では孫と同居している高齢者がほとんどいません。したがって「孫の子守りに昔話を語った」という経験がありません。多くの高齢者にとって昔話は、ずっと昔、自分が子どもだった頃に祖父母や親から聞いた話なのです。70年、80年の記憶をさかのぼり、ゆっくりと思い出しながら語っていただくのです。聴き手には、記憶の糸を紡ぎ出し、あるいは絡んだ糸を解きほぐすような、聴き取りの技術とやさしい根気とが必要です。採録した民話は「方言のまま」「語りのまま」に翻字します。そして、学術上の位置付けや記録価値などを精査したうえで、伝承された地域の解説を書き添えて、書籍として刊行します。人々が暮らしの中で語り継いできた民話に「意味を持たせる」のが私たちの採録調査と書籍刊行の目的です。「自分たちが語り継いできた話に、実はこんな意味があったのか!?」「自分たちが暮らすこの土地に、そんな背景があったんだ!!」と。民話を記録することは、その土地に暮らす人々の生活の誇りを記録することです。極端な過疎化が進む地域だからこそ、今、それが必要なのです。巻頭特集 _知と実践の力         1 学びのキーワード     2 学びの現場     3 学びのその先へメタファ【国際文化概論】の講義を受けて異文化理解のためにも、比較対象となりえる自国の文化への知識を深めたい伝説は単なる物語ではなく、災害の記録や警告を含んだ集落の歴史につながっているという点に面白さを感じました。地域に残る民話を読み解くことで、その集落の土地柄や在り方を知り、語り継がれてきた文化に触れることができます。民話の記録は語り手でさえも知らなかった伝承の意義を明らかにするだけではなく、書籍になることによって生まれた新たな聞き手が自国の文化への理解を深めるためにも必要なことではないかと考えました。島津華梨 国際文化学科 3年 三重県立川越高校出身伝説の背景に潜む伝えるべきことが見えてくる特別誌面講義【文化政策学部編】

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