TechTech~テクテク~No.26
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 電波と無線通信は、歴史の古い研究分野。そのため光ファイバーの通信ケーブルが実用化されるなど、関連領域で動きが起きるたび、「もう電波でできることはやり尽くした」と言われてきた。 「ただ、実際には、衛星放送や携帯電話の登場など、無線通信分野の進化は止まりません。そして近年のパーソナル化やモバイル化の流れのなかで、無線通信の重要性はむしろ高まっている。今後も研究のテーマは無限に広がるといっていいでしょう」 事実、安藤教授が研究する導波管アンテナに限っても、衛星通信アンテナや自動車の衝突防止レーダー、さらにパソコンやスマートフォンの無線LAN通信など、活用の幅はますます広がっている。 無線通信の役割は、遠方へデータを送ることだけではない。ミリ波を活用すれば、ケーブルを使わず10秒弱でDVD1枚分のデータを伝送可能。駅でSuicaなどをゲートにタッチする感覚で、瞬時に大量のデータを取得できる。安藤教授が現在進めているのもこの研究。将来的にはテラヘルツ波など、さらに高い周波数の活用も考えられる。 「東工大では、光通信の実用化を先導した歴史がありますが、これに加え現在は長波や中波といった低い周波数からミリ波などの高い周波数で、様々な周波数の研究者が揃っている強みがあります。学内の研究者が集まって、直流から光、X線までを含めたすべての無線周波数を駆使した『オールバンド通信』のプロジェクトも提案中です。将来はあらゆる周波数で、東工大が世界をリードできればと思っています」ンテナなら損失はわずか10%程度。エネルギー効率も感度も高く、構造がシンプルな分、軽く、安価かつ簡単に製造できる。 安藤教授が導波管アンテナの研究に携わっておよそ30年。「損失が少ない」というその特質がミリ波の送受信にこそ最適だとして、ミリ波の研究を開始したのが7年半前。時期尚早と言われながらもミリ波の研究を続けてきた努力が、今、大きく花開こうとしている。 「アンテナ研究の面白さは、理論と応用の距離が近いところにあります。電磁気の基礎理論というスタートから、通信での実用化というゴールまでの全体像を見渡しながら、試行錯誤を重ねていける。自分の研究が実用に結びつき、社会で役立てば最高の喜びですね」 研究で大切にしているのは、師事する後藤尚久名誉教授の言葉だ。 「先生はいつも『天才なんてものは実はいなくて、9割以上が努力の差。努力が一番大切だ』とおっしゃっていました。また、『研究にかけた時間に比例して、成果は上がる』と励ましてもくれた。ご自身は非常にアイディアが豊富だが、失敗も誰よりも多く経験しているという自負、自信がある。その姿勢は今でも見習っています」 粘り強い姿勢が重要になるのは、研究のテーマ選びも同じ。ミリ波が脚光を浴びる今は、実用化をさらに進めるチャンスだとは考えているが、自分が研究しているものはずっと変わらないと安藤教授。新しいキーワードが次々と出てくるなかで、それを追っていく道もあるが、ずっと続けられるひとつのテーマを突き詰めてこそ、世の中に何かを残すことができるとも感じている。 「研究を通じて社会に貢献する方法は、2つあります。ひとつは現在、社会にある課題に寄与していく、ニーズから考える方法。もうひとつは、優れた特性を持つ物質や技術を開発し、それが何に使えるのかという可能性を探る、シーズを中心に考える方法です。前者はもちろん重要で最近はやりですが、世の中を大きく変えた発見には後者のものも多く、両方が重要。東工大の目標は日本を科学技術で引っ張ることですから、その使命を忘れずに研究を続けたいですね」仕切って「シングルモード」で動作させるものと、側壁がなく広い空間のまま利用する「マルチモード」の2タイプがある。前者は電波が壁にぶつかる回数が多い分、後者よりは若干大きなエネルギー損失があるが、壁の配置で電波の流れをコントロールできるため後者よりは設計しやすく、自動車の衝突防止レーダーなどに実用化されている。後者の代表は「あかつき」に搭載されたラジアルラインスロットアンテナ(Radial Line Slot Antenna/略称RLSA)だ。安藤教授はその両方を手がけている。 RLSAは、発泡スチロールを2枚の金属板で挟んだもので、表面側の金属板には多数の穴(スロット)が開いている。壁がないので損失は極めて少ないが、電波は自由に振舞うため、設計は非常に難しい。 「効率を最大化するには、すべてのスロットからそれぞれ同じ強さの電波が同時に出るよう、理想的な電波の流れをつくる必要があります。それを壁に頼らず、穴の大きさと配置の工夫だけで行わなければならない。損失はほぼゼロですが、電波の流れが乱れるとアンテナ自体がまったく作動しなくなることがあるため、マルチモードの導波管アンテナを研究し実用化に成功した例は、これまで東工大以外ではありませんでした」 設計には細心の注意を払い、本学のスーパーコンピュータ「TSUBAME」なども活用した。スロットは1つひとつサイズを変え外側にいくほど大きくなるよう設計されている。2つのスロットを一組として「く」の字型に配置し、間隔を上手く調整することで反射を抑制し、電波の流れが同心円状に拡がるのを妨げないようにしている。ほかにも様々な工夫が、円盤に詰まっている。 今年度に打ち上げられる小惑星探査機「はやぶさ2」にも、研究室で設計したRLSAが搭載される予定だ。この時、約30,000あるスロットと、アンテナの信号入力部分をすべてケーブルでつないだ場合、およそ70%が熱になって失われる。一方、中空構造の導波管ア2枚の金属板で、中空構造をつくるための発泡スチロールを挟んだもの。表面側の金属板には、渦巻き状に約4,000個の穴(スロット)が並んでおり、まるでシャワーヘッドのように、1つひとつのスロットがアンテナとして電波を送信、また受信する。内部が中空(間に挟まれた発泡スチロールは中空と見なして良い状態)で壁もないため、エネルギーの損失が非常に少なく、効率よく電波を伝えられる。すべてのスロットから同じ位相・振幅の電波が照射される。ラジアルラインスロットアンテナ(Radial Line Slot Antenna/略称RLSA)約4,000個のスロット発泡スチロール薄い銅の箔アルミニウム【断面図】重要性が高まる電波の可能性を追う給電部シャワーヘッドのように、電波を均等に分散・照射するよう設計されている発泡スチロール薄い銅の箔アルミニウム4Tech Tech

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