TechTech~テクテク~No.27
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わずかな光で物質が劇的に変わる光ドミノ効果 長方形のピースが次々に倒れ、絵を描いたり、何かの仕掛けを動かしたり…。皆さんも、テレビなどで「ドミノ倒し」を見たことがあるだろう。ドミノ倒しの醍醐味は、“1つの小さなきっかけが、大きな変化を生み出すこと”だ。最初のピースを指先で押すと、まさに連鎖的にピースが倒れ、様々な動きを見せてくれる。これが面白い。 「実は、そんなドミノ倒しと似た現象が原子や分子の中でも起こることがあるんです」というのは、大学院理工学研究科物質科学専攻の腰原伸也教授だ。「1個の光子、つまり光の粒子を物質に当てると、それが契機となって物質全体の性質が大きく変化していく─。私たちの研究室では、そうした『光誘起相転移』という現象が起こる物質を世界に先駆けて発見しました。従来の研究では、1つの光子で変化させられる電子はおおむね1つ程度。変化が全体に波及する物質は知られていませんでした」 相転移とは、「物質がある“相”から別の“相”へと移ること」。身近な例では、氷が溶けて水になる現象もその ひとつだ。氷から水への変化の要因は温度だが、こうした相転移を「光」で引き起こすのが文字通り光誘起相転移である。 この新現象を提唱した腰原教授は路のオン・オフを切り替え、高速演算を行っているが、実はこの電子を「光」に置き換えられれば理想的だ。なぜなら光より高速なものはないからである。 「例えば、コンピュータの頭脳であるCPU。その処理速度はHz(ヘルツ)で表されますが、現在最新の製品だと3ギガHzとか4ギガHzの性能があります。これは、1秒間に30億回とか40億回、オン・オフの切り替えができるという意味。ところがこれを光そのもので行うと、テラHzレベルにまで一気に高められます。つまり、1秒間に何兆回もの切り替えが可能になるのです」 腰原教授の研究室では、すでに10年以上も前、光を当てると10兆分の1秒以内という超高速で、絶縁体から電気が流れる伝導体となる物質を発見している。この研究をまとめた論文は、科学誌「サイエンス」2014年、ドイツでもっとも栄誉のある科学賞、フンボルト賞を受賞した。ノーベル賞の登竜門ともいわれるこの賞が、光によるドミノ倒しを評価した理由は、それが従来にない画期的な材料への扉を開くものだったからだ。 例えば、情報通信機器や電化製品、化学製品など、私たちの身のまわりのものは、半導体や絶縁体、超伝導体といった多様な材料、物質に支えられている。そのため物質科学の分野においては、新たな優れた材料の開発や、それにつながる発見が重要な使命なのである。 「そうしたなかで私たちが着目したのが、光の働き。その刺激により物質の特性を、ダイナミックかつ瞬時にコントロールできれば、効率性や動作スピードなど、様々な面でメリットを持った材料をつくることが可能なのです」と腰原教授は言う。  具体的な事例で説明しよう。ビッグデータの時代ともいわれるなか、コンピュータによる情報処理のスピードをいかに高速化していくかは、重要なテーマだ。現在は一般に、「電子」の動きを使って回 1個の光子が物質全体の性質を変える絶縁体が光で瞬時に伝導体に物質内の相互作用を利用して、1つの光子で多数の原子や分子を変化させる「光誘起相転移」という現象。微弱な光をきっかけに、物質全体の性質を大きく変化させることから“光ドミノ効果”とも呼ばれる。光で物質の性質を変化させることは、現代の物質科学における重要なテーマだが、従来の研究では1つの光子で変化させられる原子や分子はおおむね1つ。光の影響が局在的で限定的なため、例えば高感度の光メモリーなどをつくることが難しかった。非線形光学効果により様々な色に変えたレーザー光から、測定に不要な色の光を遮るための各種フィルター類。実験データなどを細かく分析し、事象の“原理”を探っていけるのが基礎研究の面白いところ。応用研究の種になるような発見ができればと思っています。様々な有機物で実験を行い、物質による現象の違いなどを詳しく調べています。大学院理工学研究科 物質科学専攻 修士1年馬ノ段 月果(うまのだん・つぐみ)馬ノ段さんの扱っている強誘電性の有機物試料2015 Spring7

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