TechTech~テクテク~No.28
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化しています。なぜならそれは、水蒸気を含んだ大気が宇宙空間に逃げていく際、軽い水素から流出するため。つまり火星の水素同位体比を長いスパンでみると、重い水素の割合がどんどん高まっているのです」 そこで臼井助教は、火星から飛来した複数の隕石に含まれる水素の同位体比を詳しく調査した。すると、火星誕生時とも、現在の火星大気中の水蒸気とも異なる、中間的な水素同位体比が見つかったのだ。実はそれより以前、臼井助教は同様に隕石に閉じ込められたマグマの関連物質を分析することで、火星誕生時の“始原的な水”の水素同位体比をつかんでいた。今回の同位体比は、その値とも、探査機が送ってくる現在の大気の値とも違う。火星の水の循環が活発だった約40億年前の水素同位体比と推定されたのである。 「私たちが調べた複数の隕石は、およそ100万年~300万年前に火星の地殻層が衝撃を受けてできたものだとわかっています。火星の歴史からすれば300万年前というのはほぼ“現在”と言っていい。現在の地殻層から40億年前の水素同位体比が見つかった。つまりそれは、40億年前の液体の水が凍土などとして今も地下に存在していることを意味しているのです」は広大な海があった、と考える研究者も数多くいます。水は生命誕生の重要な条件ですから、火星における生命の探査も継続的に行われようとしています」 こう説明するのは大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の臼井寛裕助教。自身、独自の手法で火星の謎に迫る研究者だ。 多くの流水地形や水を含んだ粘土鉱物の発見から、火星には、かつて大量の水が存在したに違いないと考えられている。しかし、だとすれば、それはいつ、どこに消えてしまったのか。実は、このミステリーにひとつの答えを与えたのが、臼井助教だ。 「結論から言えば、凍土か含水鉱物の形で地下に眠っているというのが私の考え。火星の水は消えてしまったわけではなく、そのかなりの部分は液体から氷などに形を変え、惑星の表面を構成する“地殻層”に隠れているはずです。地下の水分を利用した生命が、紫外線や宇宙線の影響を逃れて存在している可能性も否定できません」 専門家が揃って頭を悩ませていた火星の水の行き先─。臼井助教はその在りかをどうやって突き止めたのだろうか。キーワードは「水素同位体」だ。同位体とは、原子番号は同じだが、中性子の数の違いにより重さが異なる原子のこと。水素にも、重さの異なる複数の同位体が存在する。 「水素は水の主成分。火星では、その同位体比(軽い水素と重 い水素の割合)が火星の誕生から45億年の歴史の中で、徐々に変キーワードは「水素同位体」共同研究を行ったカーネギー研究所の研究設備、二次イオン質量分析計(左)。クリーンルーム内で、セシウムのイオンを火星隕石の試料に照射。そこから飛び出してくる二次イオン(右)を分析する手法により、水素同位体比を非常に高い精度で明らかにした。高精度の分析を可能にしたオリジナルの分析法5µm Photo by:NASA2015 Autumn7

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