東北大学広報誌 まなびの杜 No.80
3/12

導電性シルクによる地域産業の新たな展開へ鳥光 慶一◎文text by Keiichi Torimitsu鳥光 慶一(とりみつ けいいち)1958年生まれ現職/東北大学大学院工学研究科 特任教授専門/生体機能計測・脳神経科学・ナノバイオ地域大学と02|まなびの杜 80号 「シルクに電気を流すことができないか?」――こう考えたのは、脳の研究が始まりでした。 なぜ人は記憶し、学ぶことができるのかを知りたくて、脳の研究に取り組みました。研究を進めて行くうちに、脳の活動を知るためのツールの少なさに驚かされ、非常に柔らかいデリケートな脳を調べるために何か作れないか、がいつのまにか重要な課題になってきました。 これまで主に用いられてきた研究ツールに、電気計測があります。脳の働きは神経細胞による電気パルスの伝搬によるものですので、電気を測ることは仕組みを知るための基本です。その測定に用いられてきたのはタングステンや銀塩化銀などのいわゆる「金属電極」です。人は異物に対して拒否反応を示す仕組みがあります。金属は電気を通しやすい反面、アレルギーなどの拒否反応を引き起こしやすく、ダメージを考慮しなければなりません。また、長時間に渡る測定などには向いていませんでした。私たちも当初は金属電極を用いていましたが、より生体に優しい電極として、ガラスや有機材料のフィルム電極なども併用することでダメージ軽減を図りました。 しかしながら、脳のような凹凸のある複雑で繊細な構造を持つ組織に対し、それでも充分ではありません。そこで考えたのが、手術糸にも使われる絹でした。絹の糸や布地であればフレキシビリティも高く、組織にダメージを与えにくいと考え、絹に電気を通す工夫に取り組むことにしました。ある種の導電性高分子が脳の細胞に対して親和性が高く、成長を阻害しないことに注目し、この高分子を絹と組み合わせることで、電気を流すことができる絹(シルク)を作ることができました。 絹は、かつて日本の一大産業でしたが、今や生産量がピーク時の千分の一程度にまで激減し、大半が海外からの輸入に頼っています。私たちの電極には、日本、もしくはブラジル産のものが良く、何とか国内生産量を増やしたい、少しでもその役に立ちたいとの思いがあります。 絹電極は、絹と先端技術とのハイブリッドから生まれたものです。絹産業で培ってきた伝統技術と、導電性高分子や高度電子技術に代表される先端技術との融合により、今までにない絹の使い方、材料の提供が可能となります。例えば、着用するだけで体の状態が分かるような、ウェアラブル計測用のスマートウェア材料になります。 この絹電極は、伝統技術の維持継承・発展と、医療への応用が可能な先端材料の創出につながります。そこで、素材からデバイス、通信、医療までの幅広い分野の様々な企業・機関の方々との交流を通して、新しい製品・産業に結びつけていきたいと、二〇一五年二月にフレキシブルシルク電極研究会を、六月に大学発ベンチャーのエーアイシルク株式会社を設立しました。最近では、飼料となる桑の育成から絹の生産にまで関わることで、宮城、山形、福島などをはじめ、群馬、長野、京都まで様々な地域の生産農家の方々や、撚糸・織物・加工に携わる個人/企業の方々にご協力いただき研究を進めております。さらにアート方面でのご協力もいただき、新しい展開へと進み始めました。 今後、医療、介護を通して地域の方々との連携をめざすとともに、海外との連携も考えていきたいと思っております。脳の研究を契機に研究開発伝統技術と先端技術の融合地域の産業起こしへ貢献フレキシブルシルク電極研究会開催の様子導電性シルク電極(フレキシブルシルク電極)。糸タイプ(左)、リボンタイプ(右)

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る