東北大学広報誌 まなびの杜 No.80
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片桐 秀樹◉文text by Hideki Katagiriまなびの杜 80号|03生きている仕組みと国民病 私たちは、糖尿病や高脂血症(脂質異常症)、肥満・メタボリックシンドロームなどの代謝疾患の患者さんを中心に診療しながら、臨床の現場の経験に基づいて、「ヒトの体の神秘の解明」から「現在の治療の問題点の解決」まで、幅広いテーマに対する研究を進めています。糖尿病とは血液の中のブドウ糖濃度である血糖値が高くなる病気であり、肥満は体重が多くなってしまう状態です。どちらも、一般的によく認められるもので、国民病とも呼ばれています。 病気を考えるには、その前に正常状態を保っているメカニズムを知る必要があります。つまり、糖尿病でない人はどのようにして血糖値を一定に保っているのか、肥満にならない人はどのような仕組みで太らないですませられるのか、ということを解明しなければなりません。実はこの「至極当たり前」のことが、まだまだ全くわかっていません。これらは、糖分やエネルギー(カロリー)の代謝の問題であり、また、ヒトだけでなく、すべての多臓器生物についてもあてはまるメカニズムのはずです。ですから、私たちは多臓器生物全般が正常な代謝を行っている、つまり、生きているメカニズムを解明し、その異常と考えられる国民病の治療法の開発につなげようと日々頑張っています。血糖値が一定に保たれる仕組みは? 体中の臓器(心臓・肝臓・腎臓・すい臓・脳など)や組織(筋肉・脂肪組織など)は、てんでばらばらに代謝を行っているのではなく、全身として一定の状態(これを恒常性と呼びます)を維持するよう、協調していると考えられます。代表例として血糖値を考えてみると、全身の臓器の糖代謝の総和で決まる血糖値が、正常ではあまり上がりも下がりもしません(図1)。 一般的には、血糖値が上がると、すい臓からインスリンというホルモンが分泌され、その働きで全身の臓器が血液の中から糖分を取り込んで、結果として血糖値が下がる、という漠然とした仕組みが考えられています。これは、基本メカニズムとして大変重要なのですが、すい臓が全責任を担うこの仕組みだけでは、全身の精密な調整はとても無理と思われます。つまりは、それぞれの臓器の糖代謝は密接に連携していると考えられます。さらに、体重を一定に保つ仕組みについては、その基本メカニズム自体、まだよくわかっていません。臓器間神経ネットワークによる全身レベルでの代謝調節の発見 私たちは、このような全身の各臓器の代謝の連携に、体に張り巡らされている神経系、特に自律神経が関与していることを発見し、その重要性を提唱しています。さらに、このような末梢神経は、臓器と臓器を直接つなぐものはなく、そのほとんどが脳へ向かっているか、脳から降りてくるかのどちらかです。 私たちが発見した代表的なものを例に説明しますと、肝臓で油がたまるということが起こると、その情報が神経を伝わって脳に送られ、脳は体にたまったエネルギーが多すぎると判断して、全身、特に脂肪組織でのカロリー消費を増やすよう指令を送る、という仕組みを明らかにできました。これは、体重を一定に保つ基本メカニズムの一つの発見と考えられるとともに、その仕組みに、神経が関わっているという新しい概念を提唱するものでした。神経がヒトが生きている仕組みの解明特集図1/正常人の持続血糖モニタリングデータ正常では、食前も食後も血糖値は大きく変動していない。―糖尿病やメタボリックシンドロームの治療法開発へ03:0006:0009:0012:0015:0018:0021:00010020030010014070◆◆

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