東北大学広報誌 まなびの杜 No.80
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04|まなびの杜 80号関わるということは、脳がその情報を判断していることを意味します。つまり、これまで考えられてきたようにすい臓に全責任を負わせるのではなく、脳が全身の状態を逐一把握しながら、全身状態を保っていることがわかってきたというわけです。 このエネルギー代謝の調節に加え、すい臓のインスリンを分泌する細胞の量、褐色脂肪組織による熱産生(代謝により熱が細胞から放出されること)、食事から入ってきた脂肪を分解し利用する仕組みなどの様々な代謝の調節にこのような臓器間神経ネットワークが関与していることを、次々と発見できました(図2)。メタボリックシンドロームの病態の解明 これらの新たに発見された仕組みは、全身の代謝を維持するために必要なものです。しかし、人類の多くは、現在、これまでの進化の過程で経験したことのない栄養過多の状況にあります。過栄養に関して言えば、正常を保つために備わったはずの神経ネットワークが慢性的にずっと働き続けるというのは、人類にとって初めての経験です。私たちがこのような臓器間神経ネットワークの仕組みを見つけたことで、この仕組みが慢性的に働き続けること自体が、皮肉にも、血圧上昇、高インスリン血症、高中性脂肪血症などのメタボリックシンドロームの主病態、および、体重増加そのものにも関与していることが明らかとなってきました(図3)。 「恒常性の維持に働く仕組み」が病気を起こしているという思いがけない発見は、国民病である生活習慣病の成り立ちを考え、その治療法を考える上で、非常に重要な概念となっています。最近は、脂肪肝の状態で胆石ができやすくなる仕組みも解明することができ、これらの肥満で起こる合併症の成り立ちの解明や治療法の開発に向けての研究を進めています。糖尿病や肥満症の治療法開発をめざして さらに、私たちが発見したのは、カロリー消費を増やしたり、すい臓のインスリン分泌細胞を増加させたりする仕組みです。この仕組みを上手く制御することで、例えば、食事制限をしなくても痩せることができるとか、インスリンを分泌する細胞を再生させて糖尿病を治してしまうといった、これまでになかった肥満や糖尿病の治療への展開も夢ではなくなってきました。これとは別のメカニズムですが、インスリン分泌細胞を増やす物質も最近発見することができました。これらの研究成果をいつの日か、国民病とも言われる糖尿病や肥満症の治療法開発につなげていきたいと考えています。片桐 秀樹(かたぎり ひでき)1962年生まれ現職/東北大学大学院医学系研究科 教授専門/内科学、代謝学関連ホームページ/http://www.diabetes.med.tohoku.ac.jp/図2/私たちが発見した代謝情報に関わる臓器間神経ネットワーク図3/メタボリックシンドロームの概念

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