東北大学広報誌 まなびの杜 No.80
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林 雄二郎(はやし ゆうじろう)1962年生まれ現職/東北大学大学院理学研究科 教授専門/有機化学関連ホームページ/http://www.ykbsc.chem.tohoku.ac.jpまなびの杜 80号|05日本の有機化学の先駆者と 眞島利行先生(一八七四〜一九六二)は東北大学のみならず、日本の有機化学の基礎を築いた先駆者です。大阪緒方塾に学んだ医師、眞島利民の長男として京都に生まれました。当時唯一の大学であった東京帝国大学理科大学化学科の入学時に、既に有機化学の研究を志していましたが、当時は「有機化学の夜明け前」で、日本には有機化学の研究を指導できる教授がいませんでした。最先端のドイツの雑誌の大先生の論文を読破することで、研究の着想、実験上の工夫などに関して独学で勉学を行いました。 漆の主成分の研究をテーマに選びますが、「之は仮に欧米人と同時に始めても、彼らに先ぜらることの少なき彼等には多少入手困難である、東洋特産品を研究すべきだと考へて、種々考慮の末漆に想到したのであった」と「我生涯の回顧」(書籍『眞島利行先生―遺稿と追憶―』より)に書かれているように、日本発の独創的研究を目指しました。欧州留学を経て「漆」の研究を展開 一九〇七年、三十三歳の時にヨーロッパに留学し、ドイツのキール大学にて、漆の研究に必要な種々の最新の実験方法を修得します。 一九一一年帰国後、新設された東北帝国大学理科大学の初代有機化学教授に就任します。何もない所からのスタートであり、例えば、実験に必要な硝子機器の入手のため、職人の養成から始めました。理学部の硝子機器開発・研修室は現在もその伝統を受け継いでいます。また日本語の化学文献の検索が容易になるように、論文の要点を抄録し、索引を付けた「日本化学総覧」という日本語による抄録誌を刊行されました。このように、時代を先取りした多くのことをはじめ、化学の発展の基礎を築きます。 漆の研究は大きく進展し、成分の解明およびその合成研究を達成します。日本の特産と言える研究材料を取り上げて、天然有機化学を広く・深く展開します。トリカブトのアルカロイドの構造研究やインドール合成法の研究で多くの独創的な成果をあげ、日本の化学および化学技術を国際的レベルに高めるのに大きな貢献をされました。これらの業績に対して、帝国学士院賞(一九一七年)、文化勲章(一九四九年)が授与されています。 日本の大学の揺籃期にあって、東北大学はもとより、東京工業大学では新設時に教授を兼任し、北海道帝国大学、大阪帝国大学では理学部の創立委員長、初代理学部長として、それぞれの理学部の創設に立ち会い、さらに大阪帝国大学では第三代総長としてそれぞれの大学を今日の隆盛に導く礎の役割を果たしています。次代を担う化学者を育む 眞島先生の大きな功績の一つは、次世代を担う多数の化学研究者を育成したことです。北海道大学第七代杉野目晴貞総長、大阪大学第七代赤堀四郎総長は、ともに東北大学の眞島研出身者です。また眞島研からは眞島先生をはじめ三名(野副鐡男先生/一九五八年、赤堀四郎先生/一九六五年)が文化勲章を受章されています。現在は眞島先生の孫弟子、ひ孫弟子が日本の有機化学をリードしています。有機化学は日本が世界に誇る、また日本が世界を先導している分野の一つですが、その源流の一つは東北大学の眞島研にあると言われる所以です。 眞島先生の徹底的に実験を重視する精神が、東北大学の有機化学に伝統として脈々と受け継がれています。東北帝国大学開校時に化学教室の校舎のあった片平キャンパスには、平成六年建立の眞島先生の胸像が佇んでいます。現在でも眞島先生は我々を温かく叱咤激励しています。眞島 利行眞島利行先生(米寿の頃)眞島利行先生胸像(片平キャンパス)留学中のチューリッヒ街頭で。左から、朝比奈泰彦先生、眞島利行先生、柴田雄次先生。1.朝比奈泰彦:「漢薬成分の化学的研究」で帝国学士院恩賜賞(1923年)受賞2.柴田雄次:「金属錯塩の分光化学的研究」で帝国学士院恩賜賞(1927年)受賞2東北大学をつくった人々東北大学創立110周年記念企画

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