東北大学広報誌 まなびの杜 No.81
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口腔支援を通して感じた東北の地に生きること小関 健由◎文text by Takeyoshi Koseki小関 健由(こせき たけよし)1962年生まれ現職/東北大学大学院歯学研究科教授専門/予防歯科学関連ホームページ/http://www.chiiki.dent.tohoku.ac.jp/地域大学と02|まなびの杜 81号 大なり小なり、自然の振る舞いは、我々の存在自体を脅かします。この東北の地に生を受けて、北の自然の中で育った私の冬の情景は、誰かが雪を掃かないと朝が始まらない中、暗いうちからきれいに雪を積み上げて玄関から表通りに続く道を切る父のアノラック姿、凍った水道を溶かし朝ご飯を食べさせてくれる母、浅い新雪を踏みながら、お弁当袋を雪で白くして長靴の中まで濡らして駆けていった幼少の頃。当たり前の自然の中での生活を、やはり当たり前に飲み込む東北の人々。 喜怒哀楽も自然と共にあった東北において、我々は激烈な運命を六年前に受け入れなければならなりませんでした。感情の全てが枯れた状態から、お互いの支え合いと、全国・全世界の方々から戴いた多様な温かい眼差しと心遣いに支えられ、六年の月日で未だ解決しない現場の問題が山積みでも、東北の自然の中の生活は続いています。 私たち歯学研究科・病院の歯科医師も、地域の歯科医師も、東北の地にあってこの運命を共に過ごしました。歯科医師は、医療救護に参加すると共に、一方では身元確認に参加し、歯科医師の使命と矜恃を改めて誓いました。生の基本は、口から食べ、話して心を繋ぎ、笑って自分らしくあること。私たち歯科医師は、食支援・口腔支援を継続して、食べること・話すこと・笑うことを支援し、地域歯科医療の再構成を行いました。これには、全国の歯科医師・歯科医療関係者の支援があり、我々はその現地での代行者でもありました。 発災後四年経過時に宮城県の歯科医師を対象に行った社会参加に関するアンケートでは、震災前後で行政や医療界から歯科の社会参加の期待が増加したことと、この経験を通して地域への歯科としての社会貢献の意識がより高まったことを多くの歯科医師が回答しています。 また、東北大学復興アクション事業で、町の五割が浸水した亘理町の小中学校の歯科健康診断の結果を集計しますと、発災前後で子どもたちのむし歯数の目立った増加は認められませんでした。この結果は平均値であり、その中にはそれぞれの数値があることを忘れないにしても、地域の健康が守られた結果は嬉しく思います。この事業では、被害の大きかった地域の小中学校の卒業生に、在学中の学校歯科健康診断の記録として「お口の成長記録手帳」をお渡しています。また、宮城県の五つの町村で妊婦と一歳六ヶ月児を持つ母親への質問紙調査から、子育てに取り組む母親も歯の健康に対する取り組みや意識が、震災後に大きく強化されていることが示されました。大変な時期だから、身体に気をつけてしっかり自分たち家族の健康を守ろうとした結果と考えています。 この大きな経験を通して、地域に生きる人々には、健康に対する意識を変え、健康を守り、頑強に日々の生活を継続させていく強い意思を感じます。この力強さは、子育てを通して次の世代へ伝承され、震災の記憶も地域のDNAに変えて地域が強くなっていきます。東北の人々・我々は、東北の自然の中で、これまでもこれからも、心に太い芯を鍛えていくのです。いつまでも忘れない、改めて何度でも、頑張ろう東北、そして我々が今あるのは、全国・全世界の皆さんの絆に依るものです。自然と共にある東北の生活東日本大震災後の取り組みと地域貢献への意識の高まり震災経験を通して、健康な生活維持の意思を堅固にお口の成長記録手帳亘理町内小学校での「お口の成長記録手帳」進呈式

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