東北大学広報誌 まなびの杜 No.82
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栗木 一郎◉文text by Ichiro Kurikiまなびの杜 82号|03色のカテゴリー 私たちの研究グループでは、人間が「ものを見るメカニズム」を視覚心理物理学という手法で研究しています。視覚心理物理学とは、観察者に見せる図形を様々に変化させ、観察者の報告から見え方の変化を記録し、人が物を見るしくみを研究する方法です。物質に与える温度・圧力などを変化させて、物性を調べる方法に似ています。 私は特に「色がなぜ見えるか」について研究しています。日常、物を探すときや洋服を選ぶ時に色を目印にすることがあります。色は我々の周りに満ちあふれており、様々な情報をもたらしてくれます。目を開ければ自然と感じられる「色」ですが、そのメカニズムは未だ解っていない部分が多くあります。 色について誰かと話をするとき、我々は色を表す言葉(色名)を使います。話し手と聞き手が、一つの色名に対して概ね同じ色のグループをイメージできなければ話が伝わりません。この色のグループを「色カテゴリー」と呼びます。ただ、誰もが一つの色カテゴリーに対し同じ色名を使うわけではなく、ある人が「桃色」と呼んだ色のグループを別の人は「ピンク」と呼ぶかもしれません。でも、ピンク/桃色と呼ぶ人の両方の存在を知っていれば、「ピンク/桃色」という色名から同じ色カテゴリーをイメージすることができて、トラブルにはなっていません。 では、日本語を話す人同士で共通して使える色カテゴリーはいくつあるでしょう? 我々は、この疑問を明らかにする研究を行いました。五十七人の実験参加者(大学院生および教員:男性三十二名、女性二十五名、二〇〜四十五歳)に三三〇枚の色票を一枚ずつ見せ、単一語(黄緑などの複合語や薄紫などの修飾語を使わない)で色を答えてもらう実験を行いました。その結果、一番少ない人では十二色名、多い人では五十二色名と、多様な回答(平均値:十七・七色名)が得られました【図1】。 先ほど述べたように、同じ色カテゴリーを異なる色名で呼ぶ人がいた場合でも「一つ」のカテゴリーと数えるため、色名によりまとめられた色票群に注目して解析を行いました。データの解析 我々はk-平均法という、データをk個のグループに自動的に分ける計算方法を用いました。その結果、最適な色カテゴリー数は十九と解りました。k-平均法で求められた各カテゴリーに対して最も多く使われた色名を当てはめると、「赤、緑、青、黄、紫、茶、オレンジ、ピンク、白、灰、黒、水、肌、黄土、紺、クリーム、抹茶、エンジ、山吹」となりました。赤〜黒の十一色名はユニバーサル基本色名と呼ばれ、成熟した言語には共通して含まれる色名と言われています。基本色名とはその言語の使用者の大半が同じ色カテゴリーを思い浮かべることができる色名です。無彩色の三色を除いた十六色のカテゴリーを図2に示します【図2】。 他者とのコミュニケーションが成熟しないと、基本色名の数は増えません。日本語の古語に含まれた色名は、「〜い」と表現できる「赤、青、黒、白」の四色名だったと言われています。現代でも、ボリビアの狩猟民族に関する研究では色名が二〜三個という言語が確認されています。一般に、言語の成熟度に伴って色名が増えると考えられています。 今回の日本語の色カテゴリーの研究で、k-平均法によって導かれた十九の色カテゴリーに対応させた色名は、大多数の参加者が使った語ばかりではありませんでした。水色は九十八%、 肌色は八十四%と高い割合の参加者が使用し色と言葉(色名)の関係特集図1)実験に使用したカラーサンプル有彩色320色+無彩色10色。

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