東北大学の特徴 「海岸工学」とは、海岸での災害から人命・財産を守り、よりよい海岸環境を創造するための知見を構築する学問です。日本は世界有数の長い海岸線を持つ国。その長い海岸線の中でも特に脆弱な場所を予測し、台風や津波といった災害時に役立てる「防護」と、「環境」及び「利用」の調和した海岸保全を目的としています。 私は大学と大学院で海岸工学を学び、卒業後は国土交通省所管の港湾空港技術研究所に就職。海外からも注目される海洋研究施設を有する世界トップクラスの研究所で、希少な観測データを扱える楽しさ、自らの足で毎日砂浜を歩いて観測データを収集する大変さ、海岸工学という分野の奥深さを改めて実感する3年間を過ごしました。研究所から東北大学の災害制御研究センターに移った後も研究を続け、子どもを授かって産休を取ることが決まった矢先、東日本大震災が発災。テレビで見る津波の映像に「こんな時こそ自分が、一刻も早く現地に入り研究を役立てなければ」という思いに駆られたものの、周囲から身重の体を心配され、調査を断念。本当に歯痒い思いをしました。しかしその後無事に子どもを出産し、自分の中で「次の世代にどんな海岸を残していくか」というテーマが鮮明になっていきました。 現在取り組んでいる研究は大きく分けて二つ。東日本大震災のような災害に関する研究と、気候変動の影響評価と適応策に関する研究です。もともと海岸工学は、防災を軸に発展してきた分野ですが、この軸だけでは全国の海岸が防災施設だらけになってしまいます。そこで1999年、海岸法が改正され、防護・環境・利用の調和した海岸保全が法目的に定められました。しかし、その後も災害が起こる度、環境や利用よりも防護が優先される事例が続き、私自身それはやむを得ないことなのだと思っていました。その考えをひっくり返されたのが、東日本大震災の復興計画に対する被災地の反応です。防潮堤の高さを下げ、砂浜を維持したいという声が聞かれたのです。砂浜は、その地域にとって大切な、価値のある場所なのだと理解しました。そして、これからは海岸の多様な価値を評価する技術や知見が必要になると確信しました。携帯電話の位置情報を活用した全国の砂浜の利用実態解析を始めたのも、その一環です。さまざまな情報を組み合わせ、これまでわからなかったことを明らかにすることが、当研究室の大きな目的の一つなのです。 最近では、数十年間誰も手をつけてこなかった崖海岸のドローン測量も開始。新たな情報を蓄積していくことで、その変化を可視化し、海岸保全に役立てられればと考えています。これからも、気候や社会の変化への対応において海岸工学が果たすべき役割を自問自答し、私ならではの視点で研究を続けていきたいと思います。東北大学の研究06Introduction to Research in Graduate School of Engineering.World-class research.PROFILE大学院工学研究科土木工学専攻水環境学講座水環境情報学分野有働恵子教授筑波大学第三学群基礎工学類卒業、同大学院工学研究科構造工学専攻において博士課程修了。独立行政法人港湾空港技術研究所海洋水工部漂砂研究室研究官を経て、東北大学大学院工学系研究科附属災害制御研究センターへ。工学研究科助教・准教授、災害科学国際研究所准教授を経て、2022年より現職。2017年には「IHE Delft」客員研究員としても活動。PROFESSORKEIKOUDOINTERVIEW海岸での災害から人の命を守り、多様な環境価値も守りたい。世界最高水準の研究02FEATURES
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