農学部応用生命化学科教授 前田 勇私の研究室では農業や食品製造等の分野で、微生物や微生物が作り出す物質に着目し、活用法を見出すための研究や、微生物による腐敗や汚染を防ぐための研究に取り組んでいます。ほとんどの微生物の細胞は単独では肉眼で見ることができないちっぽけなものですが、動物や植物が作り出せない貴重な物質を作り出したり、生態系において重要な役割を担っていたり、また、その小ささを利用して試薬のように取り扱えるといった優れた特性を備えています。■農業用ため池のカビ臭防止策の検討栃木県小山市にある農業用ため池の大沼は、周辺環境が親水公園として整備されており農林水産省のため池百選に選ばれています。私は小山市と2019年から大沼のカビ臭防止策の共同研究を行ってきました。2019年当時の大沼では春から晩秋にかけて水面が一面緑色になり(図1左)、特に夏場は強烈なカビ臭が発生し、魚の死骸があちらこちらに浮いた状況でした。親水公園としての景観を損ねるだけでなく、市水道の取水河川に影響する可能性も考えられたため、カビ臭防止策を講じることとなりました。調査の結果、カビ臭の発生が単細胞藻であるアオコの増殖に起因し、沼内の水の流れが滞りやすい地点でアオコが局所的に大量発生することが明らかになりました。さらに、アオコの増殖は気温や日照量が整った際には栄養源の一つであるリンの濃度に左右されること、リンや窒素といった栄養源は流入する水路から沼に運ばれること、そしてアオコ細胞を高密度で含む水には高濃度のリンや窒素が検出されることを見出しました。これらの知見を基に沼内の水と流入水路、沼外への放水に関して管理・運用上の提言を行い、実行して頂きました。培ってきたガスクロマトグラフィー質量分析法という技術や、微生物の培養に関して修得した知見が役に立ちました。2023年にはアオコの増殖が最も顕著であった8月においても、水面が緑になることはほぼなくなりました(図1右)。水辺の遊歩道を気持ち良さそうに散歩やジョギングする方々を見かけると、本共同研究も少しは市民の方々のお役に立てたのかなと感じ、私も晴ればれとした気持ちになりました。■水田の土壌細菌とイネ内生細菌による窒素固定活性の向上化学肥料は農業の生産効率を飛躍的に向上させました。化学肥料の原料の一つであるアンモニアを窒素ガスから合成する反応では大量の化石燃料が消費されます。一方、ある種の細菌は自然環境下において空気中の窒素からアンモニアを合成することができます(生物学的窒素固定)。持続可能な農業を指向した取り組みとして私の研究室では、水田土壌に微生物研究を通じた社会貢献&社会実装PROFILE大阪大学薬学部卒業。同大大学院薬学研究科博士前期課程修了。同大薬学部、薬学研究科助手(助教)を経て、2003年から宇都宮大学農学部准教授。2019年から教授。博士(薬学)。研究分野はライフサイエンス、応用微生物学農学部 教授前田 勇UUnow第58号 2024.4.20●12図1 調査開始時の2019年8月(左)と5年目の2023年8月(右)のアオコの発生状況
元のページ ../index.html#12