山梨県立大学広報誌 Souffle Vol.13
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す。だからそういった意味では、実践を経てから学んでもわかりやすいという理屈も成立するんじゃないかなって気がしています。難しい質問ですね……。でも、幸福という  ないんじゃないのかなと思うし、不幸せがあのは不幸と比較しないとわからないものだと思うんです。不幸な状況があるから幸福が何なのかが分かるわけで、だから幸福と不幸って「両輪」になっていなきゃいけないものだと私は思っているんです。私は、「この苦労を乗り越えれば幸せだよ」とか「この幸せの絶頂を経験しちゃったからあとは落ちるだけだよ」といった考え方はあまりしたくなくて、幸せと不幸せは一体的にそこになければいけるから幸せが見えてくるし、幸せを経験すればこそ不幸せを経験するわけだし、だからそれぞれが交互に起きるというよりかは同時にあればいいのかなという境地に最近は達してきたのかもしれません。社会福祉でも困難なことをゼロにすることばかりが求められていないように、まず、我々自身が困難な状況を活かしながらどう生活していくかっていう思考をもつことの方が大切なのかもしれないですしね。我々の日々の何気ない生活の中でも、しんどさから生きがいを見出そうと思えば見いだせるじゃないですか。生きていく上でのいろいろな障壁とか障害ってありますけれど、それが全くない状態っていうのは本当に幸せなのかどうかわからないですよね。それらの障壁や障害を乗り越えたり何かを達成することで得られる幸せもありますからね。まあ、年齢とともにその幸せとか不幸せの基準というのは変わってくるとは思いますが、私は幸せと不幸せとは常に一体的、かつ、同時にそこにあってもいいやっていうのが今の考え方です。るわけだから、実習も是非経験してください。実践や実習をせずに、「自分は福祉に向いていない」と結論を急ぐのではなく、実践や実習を経て、自分の将来について考えていただいても全然遅くないし、むしろそのプロセスを経験してほしいなと思っています。福祉は理屈だけではなくて実践とともにあか、どうあるべきだと思いますか。――先生は幸せってどんなものだと思います――学生への思いを聞かせてください。23編集/相馬 直子

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